■S:今日の聖書の言葉
ヨハネの福音書18章5~6節

★彼らは、「ナザレ人イエスを。」と答えた。イエスは彼らに「それはわたしです。」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らといっしょに立っていた。イエスが彼らに、「それはわたしです。」と言われたとき、彼らはあとずさりし、そして地に倒れた。

■O:今日のコラム
ゲッセマネの園でイエス様が捕らえられる時に言われた「それはわたしです。」というこの一言の中には聖書全体を貫く偉大な真理が含まれています。その偉大な一言には、六百人の屈強な兵士たちもあとずさりして、地に倒れる程の権威がありました。

「それはわたしです。」という言葉はイエス様の神性を表し、またイエス様がアルファでオメガ最初であり終わりであり、父なる神と共に創造主であられることを意味しています。イザヤ書の中で主はこう言われています。

「だれが、これを成し遂げたのか。初めから代々の人々に呼びかけた者ではないか。わたし、主こそ初めであり、また終わりとともにある。わたしがそれだ。」(イザヤ41:4)

「わたしがそれだ。」イエス様がそのお方です。ヨハネの福音書の中でイエス様は繰り返しご自身と父なる神は一つであり、ご自分の御名が「わたしはある」という名であることを示されました。

「それでわたしは、あなたがたが自分の罪の中で死ぬと、あなたがたに言ったのです。もしあなたがたが、わたしのことを信じなければ、あなたがたは自分の罪の中で死ぬのです。」(ヨハネの福音書8:24)

この「わたしのことを信じなければ」と言われた言葉は直訳では「わたしがあるということを信じなければ」という意味です。またヨハネの福音書14章以降イエス様は繰り返して「わたしの名によって求めなさい。」と言われています(ヨハネ14:13~14、ヨハネ16:24~26)。これも直訳では「わたしはあるという名により求めなさい。」と記されています。父なる神はモーセに名前を聞かれた時、「わたしはある」と言う名を明かされました。すなわち父なる神とイエス様は一つなのです。

また創世記の初めから父なる神の固有名詞は「ヤハウェ」と呼ばれています。新改訳聖書では太文字の「主」と細文字の「主」が使い分けられていますが、太文字の「主」が父なる神の固有名詞「ヤハウェ」を意味しています。詳しくは新改訳聖書の「あとがき」の部分をご覧ください。

ヘブル語はアルファベット一つ一つに意味があります。「ヤハウェ」という主の御名にも一文字一文字に意味があり、四文字からなるその御名を分解すると「手」「見よ」「釘」「見よ」という言葉になります。これを一つの文章に合わせると「手を見なさい。釘を見なさい。」という言葉になるのです。なんと「ヤハウェ」という御名の中にはイエス様の十字架が啓示されているのです。

それなので冒頭に記した「それはわたしです。」という一言の中に聖書全体を貫き通す偉大な真理があるのです。

全ての創造主であり、全ての物の根源なるお方、全ての栄光と誉と賛美を受けるのにふさわしいお方がご自身の栄光を脱ぎ捨てて十字架の道を歩み抜き、私たちの贖いを成し遂げて下さった偉大な恵みを思い巡らしながら、この過ぎ越しの時に十字架、葬り、復活の恵みを主と共に味わい、礼拝を捧げましょう。

■A:考えてみよう
主イエスの十字架を黙想し、思い巡らす時を持ちましょう。また十字架の贖いの恵みに感謝し、主を褒め称え、礼拝する時を持ちましょう。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご 】

カテゴリー: マナメール

オンライン献金はこちらから。

大きな額の献金は手数料の少ない口座振り込みをお勧めいたします。

オンラインサポートの手順

Comments are closed.

  • 最近のコメント

  • 新宿シャローム教会 大久保会堂


    〒169-0073 東京都新宿区百人町1-23-24アミューズ大久保ビル2F
    TEL 03-3371-7558
  • アーカイブ

  • カテゴリー