■S:今日の聖書の言葉
列王記 第一 15章11節(同16章)
★ アサは父ダビデのように、主の目にかなうことを行った。
■O:今日のコラム
今日のメインキャラクターは、アサ王です。ユダ王国のよい王様として有名です。ただ、晩年になって惜しい残念な失敗もありました。
昔書かれたものは、私たちを教えるため、励ましを与えるため、と書かれていますので(ローマ人への手紙15章4節、コリント人への手紙 第一 10章11節)、昔の信仰者の歩みやその結末、彼らの成功と失敗から、教訓や励ましを受けましょう!
「選び取る」
アサ王のよいところは、難しい状況の中で「よい方を選んだ」ことだと思います。
彼のすぐ周りにはよい模範がありませんでした。彼の父も祖父も悪王で、王母(文脈からはアサのおばあちゃんと読めますが…) は偶像を造りました。当時のユダ王国には偶像崇拝があふれ、隣のイスラエルはさらに悪い状況でした。
しかし、そのような中で、彼は奮い立ち、神殿男娼を国から追放し、偶像を取り除き、偶像を造った王母をその地位から退け、その偶像を切り倒し、「ダビデのように主の目にかなうことを行」うことを選び取ったのです。
アサ王について、さらに詳しく書かれている歴代誌 第二 14章から15章を読むと、彼がどのように、民に律法を行わせたか、主の祭壇を新しくしたか、心を尽くして主を求めたか、信仰によって大軍を倒したかが記されています。本当に励まされます。
みんなが神様を愛している中で神様を賛美し信頼することは比較的簡単かもしれません。
一方、まわりが神様を大事にしない中、お金や名誉、外見の美しさや人気、自分の快適さを求める中で、神様を求める方を選ぶ、神様に耳を傾け、神様を信じ、神様に従う、神様を第一にすることを選ぶことは、勇気と忍耐がいることです。しかし、それが命を選ぶことであり、よい方を選ぶことです。
「アサ王の失敗」
そんなアサ王でしたが、残念な惜しい点もありました。列王記 第一 15章17節から21節、また歴代誌 第二 16章に、その展開と結末が詳しく書かれています。
要約すると、以前には、信仰によって、大軍に立ち向かい勝利したアサが、この時の敵からの攻撃に対しては、神様に頼らず、お金を払って別の国と同盟を結び、難を逃れます。
ところが、神様はこれを喜ばれず、予見者ハナニを遣わして、王をしかりました。
ここで、あの有名な「主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。」(歴代誌 第二 16章9節)という言葉が語られたのです。
残念ながら、王は、この言葉で悔い改めず、かえって、予見者に対して怒り、足かせをかけてしまいました。
■A:考えてみよう
逆境の中で主を求めるという姿勢を回復したアサ王のように、また主の足元で主の御声に耳を傾けるというよい方を選んだマリヤのように、周りがどうであっても、神様を信頼する道を選び取ろう。
そして、最後まで、その姿勢を持ち続けられるよう、目を覚まして主を愛して行こう。
■P:祈り
今日、主の命を選び取ることができますように。
主の約束を信じ、主を賛美することを選べますように。
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 ともこ 】
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