■S:今日の聖書の言葉
ネヘミヤ記13章1節

★その日、民に聞こえるように、モーセの書が朗読されたが、その中に、アモン人とモアブ人は決して神の集会に加わってはならない、と書かれているのが見つかった。

■O:今日のコラム
エズラ記とネヘミヤ記を通して私たちの内なる人が神の統治する神殿となり、主の栄光が輝くエルサレムとして回復する為の行程を悟ることが出来ます。その重要なポイントが悔い改めの祈りと御言葉の朗読にあります。

神殿再建を進めるにあたり、ユダヤ人たちは多くの妨害と非難と困難に直面しました。しかしその度に彼らは神のあわれみを求めて祈り、御言葉を朗読する中で神の律法に反して生きる自分たちの罪が示され、一歩一歩悔い改めが深い領域へと進み、彼らの内にある異教の文化や神に背く生き方が取り除けられていきました。

私たちも人生の中で試練や困難、妨害や非難に遭う時は、状況や環境や人に問題を探ろうとするのではなく、立ち止まってまず自分自身の内を点検する必要があります。

鏡を見ると自分の体が曲がり、姿勢が悪いのに気がつくのと同じように、聖書の御言葉に照らし合わせて見る時、自分自身の内に主の基準から離れた部分や、真理から曲がってしまった領域を知ることになります。その時にこそ、神の慈愛の中で悔い改めて祈り、御霊の助けにより自分の内から罪の生き方を取り除く機会となります。

ネヘミヤ記9章2~3節にはこのように記されています。

「そして、すべての外国人との縁を絶ったイスラエルの子孫は立ち上がって、自分たちの罪と、先祖の咎を告白した。彼らはその所に立ったままで、昼の四分の一は、彼らの神、主の律法の書を朗読し、次の四分の一は、告白をして、彼らの神、主を礼拝した。」

ここで主の民は自分の罪と先祖の咎を悔い改めて祈り、多くの時間を御言葉の朗読に費やしました。そしてその御言葉に基づき告白をし、主に礼拝を捧げました。悔い改めを通して御言葉の真理が私たちの内に臨む時、主への礼拝が回復します。詩篇の中でダビデはこれを「喜んで仕える霊」(詩篇51:12参照)と呼んでいます。

神の恵みは今日も十分に私たちに用意されています。しかし、私たちの心の目が違う方向を見ているが故にその恵みに気が付きません。悔い改めをもって心の偶像を取り除き(エゼキエル14章参照)、主に目を向け、柔らかになった心の土地に御言葉の朗読をもって真理の種を蒔き続けていきましょう。

日々一歩ずつ、神を礼拝する喜びのエルサレムが私たちの内に回復していきますように。

■A:考えてみよう
今日も御霊の助けを求め、新しい心をもって悔い改めの祈りをし、御言葉の朗読を続けていきましょう。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご 】

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