■S:今日の聖書の言葉
ルカの福音書18章8節

★あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。

■O:今日のコラム
この「信仰」という語には冠詞がついていて、「その信仰」というような意味があります。しかし、どんな信仰でも主からのものであるなら、無くならずに保たれ、むしろ増し加わっていくことを願います。

聖書の中で信仰がなくならないように、主から祈られた人物がいます。それはペテロです。

「『シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。
しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。』
シモンはイエスに言った。『主よ。ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。』
しかし、イエスは言われた。『ペテロ。あなたに言いますが、きょう鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います。』」(ルカ22:31~34)

サタンによって、信仰が揺さぶられることを父が許されました。神のご計画を実現していくためにサタンの企みがプラスになるときに、父はその企みを認められます。弟子たちは、麦のようにふるいにかけられることになりました。

しかしイエス様は「あなたのために」と言ってペテロだけのために「信仰がなくならないように」と祈られたのです。この祈りはどこで成就したのでしょう?それはペテロが三度イエス様を否むことから成就が始まっていくのです。

主を否むことが、祈りの成就?と思われるかもしれませんが、このペテロの中の主を否む心は、初めから存在していたもので、急にこの時に与えられたものではないのです。

私たちの中にある罪の性質は、ある時が来るまでは、なりをひそめているものなのです。これが十字架の前にあらわになることが必要だったのです。そして、不信仰を悔い改めて癒されることが。
十字架によって、弟子たちの信仰がふるわれるときに、揺るがない信仰を持っている人物が励ましを与えるためにです。

「主が振り向いてペテロを見つめられた。ペテロは、『きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは、三度わたしを知らないと言う』と言われた主のおことばを思い出した。彼は、外に出て、激しく泣いた。」(ルカ22:61~62)

ペテロは、イエス様の御言葉によって激しく悔い改めたのです。世にある悲しみは死をもたらしますが、神の御心にそった悲しみは、救いに至らせる悔い改めを生じるのです。悔い改めは御言葉によって心を突き刺されて起こるものです。そしてそれは救いを得させるのです。あるべき姿へと回復を与えるのです。

このような深い悲しみを伴った悔い改めによって砕かれた器となっていくことは、信仰がなくならないために重要なことなのです。

それゆえにペテロは、イエス様の復活を聞いて弟子たちが信じなかったときにも、イエス様に対する揺るがない信仰を持ち、よみがえりを信じて真っ先に墓に向かって走っていく者とされていたのです。

■A:考えてみよう
日々、悔い改めの恵み感謝して受取りましょう。砕かれた器となることを選び取りましょう。
ただ主の御心がなりますように、という心を求めましょう。

■P:祈り
私に毎日、悔い改めの霊を注いでください。悔い改めをもって神の国の奥深くに入ってい行けるようにさせてください。
私の罪をあなたがどれほど悲しんでおられるかを悟らせてください。私を砕かれた器としてください。 

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】

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