■S:今日の聖書の言葉
第二歴代誌20章15節
★彼は言った。「ユダのすべての人々とエルサレムの住民およびヨシャパテ王よ。よく聞きなさい。主はあなたがたにこう仰せられます。『あなたがたはこのおびただしい軍勢のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。
■O:今日のコラム
今日の通読箇所である第二歴代誌20章は、ヨシャパテ王と戦おうとするモアブ人とアモン人が攻まり来て、それも差し迫った距離にまで近づいて来ている緊急事態から始まります。
みなさんなら、このような状況に立たされた時、どうするでしょうか。慌てふためいたり、また、急いで実際的な対応を考えるのではないでしょうか。ここでヨシャパテ王はどうしたかというと、3節にあるように「ひたすら主に求めた」のです。
ヨシャパテ王は、なすすべがなかったのでしょうか?いいえ、第二歴代誌17節10~19節を見ると、116万もの軍勢を持っているので対抗することもできたでしょう。
しかし、主に力があり、主が統べ治められるお方であるということを悟っていたのです。第二歴代誌17章からヨシャパテ王の歩みが書かれていますが、ヨシャパテ王は主への聖なる恐れを持っていたことが読み取れます。
主は今日の箇所にあるように、「おびただしい大軍のゆえに恐れてはならない」と語ってくださるのです。主は、「問題」ではなく「主」を恐れてほしいと願われているのです。
「そこで、わたしの友であるあなたがたに言います。からだを殺しても、あとはそれ以上何も出来ない人間たちを恐れてはいけません。恐れなければならない方をあなたがたに教えてあげましょう。…あなたがたに言います。この方を恐れなさい。」(ルカ12:4-5)
状況の恐れと主への恐れは全く違う恐れです。状況を恐れるならば、問題に降りまわされて問題の奴隷となってしまうのです。しかし神様を恐れる時に、ただ膝をかがめて、主権者に、生ける神様に頼ることができるのです。
何か問題や試練に合うとき、私たちは一生懸命考えて考えて、自分の頭を使うのではなく、慌ただしく手を使うのでもありません。まず、「膝」です。膝をかがめてひれ伏すのです。
そして実際に主を敬い、主を見つめた者の応答として、ヨシャパテ王は賛美するのです(18節)。Worshipはworth-shipですから、礼拝にふさわしい存在をそうであると認め、ほめたたえることです。この賛美の中で主の勝利を体験するのです!
今日のヨシャパテ王のように、当然何かが目の前に起こった時に、いつもしていないことはできません。いつもしていることが、とっさにあらわれるものだと思います。
ですから日々の生活の中で主の前に膝をかがめ、主の前にひれ伏す者として歩んでいきたいと願います。
「私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。」(詩編16:8)
■A:考えてみよう
日々起こってくる試練や問題に対して、どのように向き合っていますか。
過去の経験や、考え、自分の力で向き合っていませんか。また、人を通しても主は語りかけを与えてくださる方ですが、主よりも誰か人を頼りとしていないでしょうか。
「あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」(1コリント10:13)
乗り越られる力、脱出の道はただ一つ。それは、もう備えられています。
主の前に行くことです。主の前に行くならば、その結果として、主の解決の道が与えられるのです。私たちが頼るべきは自分でも人でもなく、神様です!!
ですから今、主の前にすべてを明け渡し、主ご自身の主権を認め、主の前にひれ伏しましょう。
また、その心の表れとして、主を見つめ賛美する時間を持ちましょう。
■P:祈り
愛するイエス・キリストの名前によってお祈りします。アーメン。
【ゆうこ】
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