■S:今日の聖書の言葉
コリント人への手紙第一10章4節、5節(エゼキエル書38章)

「みな同じ御霊の飲み物を飲みました。というのは、彼らについて来た御霊の岩から飲んだからです。その岩とはキリストです。にもかかわらず、彼らの大部分は神のみこころにかなわず、荒野で滅ぼされました。」

コリント人への手紙第一10章11節、12節

「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。」

■O:今日のコラム
過去の災害時の経験やデータを生かし、次に似たような災害が来たらこのように備えようと、自治体が対策することがあります。自分自身も自分と同じ失敗を子どもがしなくて済むように、子どもたちに自分の過去の失敗した経験を話し、諭すことがあります。

今日の箇所には、出エジプトしたイスラエルの民の多くが約束の地に入れなかったことが旧約聖書に記され残されているのは、私たちへの教訓とするためである、と書いてあります。同じ罪の弱さを持つ人間として、私たちは彼らの失敗から心して学び、「立っていると思う者は、倒れないように気をつけ」なければと思います。

『この時点のイスラエルの民は、イエス様の十字架もまだだったし、聖霊を受けていなかったから、御霊による悟りが無かったんだ。…だから、愚かな過ちのゆえに約束の地に入れなかったんだ。』と思いたいのですが、ここには、彼らも『御霊の岩から御霊の飲み物を飲んだ。その岩とはキリストです。』と記されています。私たちと条件は同じなのです。

ヘブル3:19では出エジプトしたイスラエルの民のことを

「それゆえ、彼らが安息に入れなかったのは、不信仰のためであったことがわかります。」

と語っています。不信仰のゆえに、彼らは約束の地に入れなかったと言っています。

「信仰」の定義とはなんでしょうか?心で信じて、イエスを主と口で告白する。アーメン。それは、信仰のスタートであります。すでに信仰をスタートしている私たちは、聖書が語っているように、日々の歩みを通して

「救いの達成に努めなければなりません。」

(ピリピ2:12)

信仰とは、主イエス様だけに信頼することです。お金やこの世の何かにより頼むことでもなく、また自分自身により頼むことでもありません。主にだけより頼むこと、それが信仰です。主以外に、もし『これがなくなったら困る』と不安になるのものがあるのであれば、私たちは主にではなく、それにより頼んでいることが分かります。聖書ではそれを「不信仰」と呼んでいます。

約束の地に入った者、それはヨシュアとカレブでした。彼らと共にカナンの地を偵察に行った他の者たちは、現実だけを見つめて「無理だ!」と嘆き、主により頼むことをしませんでした。「この地をあなたがたに与えよう」と語られた神の御言葉よりも、自分の考えが上にあったのです。神の御言葉よりもこの世の価値観が上にあったのです。けれども、ヨシュアとカレブは、目に見えることを超えて、主の仰せに聞き従い、主により頼んでいました。これが、約束の地に入れる者の信仰です。

私たちはイエス・キリストを主と告白し、そして御霊が与えられました。けれども、それで自動的に約束の地に入るわけではないことを、旧約聖書が教えてくれています。このイスラエルの民を教訓に、私たちは今一度、自分の信仰を点検し、この世の富、この地上の何かにより頼むのではなく、すべてを治める私たちの主にだけより頼む、この信仰を持とうではありませんか。そして、ともに救いの達成に努めたいと願います。

とこしえに変わらない主の愛の御腕により頼むこと。このことを決心するならば、どんなに大きな平安が私たちを包むことでしょうか。イエス様が与えて下さる平安は、世が与える安心とは違うと語っておられます。やがて朽ちる何かに信頼するのではなく、とこしえに変わらない真実な方により頼む、その信仰を持つことこそ、幸いな人生であると信じます!

「わたしは、 あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」

(ヨハネ14:27)

■A:考えてみよう
私たちは、目に見える所に信頼してしまう弱さを持っています。日々、自分の心をみことばの光で照らし、御霊との交わりの中で、自分が信仰に立っているかどうか、自分は主以外のものにより頼んでいないか、この世のお金や何かを拠り所としていないかを調べることをしましょう。

■P:祈り
聖霊様、私の心の奥深くを探り、私が信仰があると思っていながら、実際は主により頼んでいない部分、御言葉に信頼していない部分を教えて下さい。「御言葉はこういっているけれど…現実には…」と、目に見える所に生きるのではなく、ヨシュアとカレブのように、主の御言葉に信頼し、主の御言葉に生きる信仰を持つ者へと、私を作り変えて下さい。約束の地に入るための信仰を持ち続けることが出来ますように、日々、あなたとの交わりの中で、御言葉の中で、その気付きを与えて下さいますように。
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 みちる 】

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