■S:今日の聖書の言葉

Ⅰコリント4章5節
★ですから、あなたがたは、主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのとき、神から各人に対する称賛が届くのです。

■O:今日のコラム
さばく思いから解放されると私たちの人生は豊かな平安を得、毎日が主の美しさで満たされます。さばく思いを抱えるとは、数十キロ、数百キロのおもりを持って生きる様なもので、いつも心の中を失望と、憂鬱さが満たし、生きる喜びが無くなるばかりか、主に与えられた使命さえも見失ってしまうのです。

さばく思いは絶えず、私たちの心や思いを駆け巡り、主の恵みを見えなくさせ、感謝すべきことが数多くある時でさえも、全ての状況を否定的にとらえ、私たちの目を問題にフォーカスさせます。イエス様が「もし、目が悪ければ、あなたの全身が暗いでしょう」(マタイ6:23a)。と言われている通り、否定的なさばきの目は私たちの人生全体を暗くさせるのです。

私たちがさばきの思いから解放される為の重要な第一歩は、悔い改めから始まります。さばくとは「自分が正しく、人が間違っている。」という考えから起こります。しかし、私たちが自分自身の罪深さと、どうしようも無い肉の性質、自己中心を悟り、心がへりくだり悔い改める時、「私は人をさばくことなど出来ない。私こそが罪人の頭であり、私の為にこそ主イエスの赦しとあわれみが必要だ。」と気づくのです。その時、人を罪に定める思いから、私を赦し自由にする、主イエスの十字架の莫大な恵みへと目が向くようになります。

また、絶えず祝福をすることを通してさばきに打ち勝つことが出来ます。たとえば私たちの計画を阻み、嫌味を言い、敵対する人々に対して、私たちも同じように不満を言い、訴え、粗探しをすることは可能ですが、そこには何も解決がありません。しかし、その様な状況は一見否定的な状況に見えますが、神の国の視点から見ると私たちがキリストに従う神の子として歩む為の最良の機会です。自分を痛める人々を祝福し、その人々の為に祈る時、私たちは神の子どもとして正しく歩み、天の父の完全さをこの世に反映して生きることが出来るのです(マタイ5:43~48)。

さばきと復讐は神の働きであり、私たちの働きではありません(ローマ12:19参照)。そして、たとえ人から評価されず、理解されず、理不尽な扱いを受けることがあっても主は全てを知っておられ、私たちを正しく評価し、見えない領域においても心を治め、忠実に歩む者に必ず豊かな報いを与えてくださいます。主の正しいさばきに信頼する時、私たちの内に主による全き平安が与えられるのです。

■A:考えてみよう
誰かに対して個人的な怒りやさばきの思いを持っているなら、まずは自分自身の罪を悔い改めましょう。そして、全ての思いを十字架の前に持って行き、主に委ね、主イエスの十字架の血潮の聖めを心と思いに受け取りましょう。
また、この十字架を通して全ての呪いが祝福に変えられた者として、人々を祝福して祈りましょう。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご 】

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