■S:今日の聖書の言葉
黙示録14章 5節

★彼らの口には偽りがなかった。彼らは傷のない者である。

■O:今日のコラム
黙示録は光と闇が見事なコントラストとして描かれています。神に属する者と悪魔に属する者。花嫁と淫婦。天の礼拝と地の裁き。そして、黙示録13章の後半から14章にかけては、獣の印を押された者と神の名が記された者が比較されています。

この神の名を記され贖われた者達は、新しい歌を歌い(3節)、汚れのない者、小羊イエスにどこまでもついて行く者、初穂として贖われた者(4節)、傷のない者(5節)です。そして何故彼らが傷のない者であったのか。その理由が5節に記されており、「彼らの口には偽りがなかった。」故です。

私達の口の言葉と私達の聖さには密接な関わりがあります。主のさばきの時に私達が問われ、正しい者とされるのも、罪に定められるのも、私達の口の言葉によります(マタイ15:36〜37)。

聖霊様に満たされ、聖霊様の火が燃え続けるのは私達の口の言葉にかかっており(1テサロニケ5:16〜19)、また聖霊様を悲しませるのも私達の口の言葉によります(エペソ4:29〜30)。

イエス様の聖く、罪を犯した事が無い、その歩みは「口に何の偽りもない」生き方をもって証明されました(1ペテロ2:22)

私達が絶えず主の住まい、主の臨在の中に生きる事が出来るのは口の聖さにかかっています(詩篇15:1〜3)。

また命に満たされ、幸いな一生を生きる事も言葉にかかっており(詩篇34:12〜13)。死と生は舌に支配され、どちらかの実を結ぶ事となります(箴言18:20〜21)。

詩篇、箴言、イザヤ書58章、四福音書、パウロ書簡、ヤコブの手紙、その他にも聖書の数多くの箇所で、私達の口の言葉の重要さが記されています。もう一度記しますが、私達の口の言葉と聖さは繋がっており、義と裁きも、命と死も、言葉と密接な関わりがあり、私達が傷のない者となるのも、汚れた者となるのも口の言葉にかかっているのです。どれだけ私達の口は重要な器官なのでしょうか。

どうりで主ご自身がこの終わりの時代に教会をしみも傷もない花嫁として完成する為に、祈りの家を全世界で建て上げておられるわけです。なぜなら祈りの家の生活においては、つまらないおしゃべりやうわさ話、批判や訴えに時間を費やすのでは無く、昼も夜も主を褒め称え、異言で祈り、とりなし祈り、御言葉を朗読し、主イエスの血潮を告白します。その中で神の聖さが教会に回復されていくのです。

ダビデが祈った様に私達も祈りましょう。「主よ。私の口に見張りを置き、私のくちびるの戸を守ってください。」(詩篇141:3)。「私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。」(詩篇19:14)。

■A:考えてみよう
聖霊様の助けを受け、また自らの意識を持って、日々私達の口からつまらないおしゃべりを取り除きましょう。日々、自分のくちびるに主イエスの血潮を宣言し、また賛美と祈りと御言葉によって私達の口を満たしましょう。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご 】

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