■S:今日の聖書の言葉
詩篇111章10節

★主を恐れることは、知恵の初め。
これを行う人はみな、良い明察を得る。
主の誉れは永遠に堅く立つ。

■O:今日のコラム
主を恐れる、という御言葉を読むと、私は必ずこの御言葉を思い出します。

「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」(伝道者12:13)

この世の快楽、楽しみ。人間が楽しいと思うこと、これをすれば幸せだ!と思うことの全てを味わい、やり尽くし、でも最後に「全ては空の空、虚しい」と言ったソロモンが
「これが人間にとってすべてである!」と、人間が歩むべき歩み、生き方について、はっきりと最後に答えを叩き出した箇所です。

神だけを恐れ神の命令を守る存在。それが神様の満足なら……
反抗したり、あらゆるものに心奪われて、神以外のものをすぐに恐れてしまうような面倒くさい人間ではなくて、心を持たない、思う通りに言うことを聞くロボットを作ればよかったじゃないか。この伝道者の御言葉を読んで、正直私はそう思いました。

でも自分の理解ではなく、聖霊様の助けと共に御言葉を読む時に、それは天のお父さんの心じゃない、御言葉の中にある天のお父さんの心を私は悟ることができていない、という思いが来ました。

■A:考えてみよう
神様は私たちを、ロボットとしてではなく人として造られました。心を与え、自由意志を与えられました。

このディボーションを通して、「主を恐れる歩み」というのは「愛の歩み」に直結していると聖霊様が教えてくださった気がします。
私たち人間が歩むべき、歩みの模範となってくださったのは『イエス様』です。神である方が人として、この地上を歩まれました。天のお父さんを愛し、恐れる歩みは、イエス様から学ぶ必要があります。

天のお父さんと、イエス様と、聖霊様と歩む歩みは、しなければならない、という恐れが付きまとう義務のような宗教ではなく、絶対に喜びがあります。私たちに自由を与える歩みです。なぜなら、私たちはイエス様と同じように神の子であるからです。

「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。」(ローマ8:15)

私たちはあらゆることですぐ心配してしまいます。生まれてから死ぬまでに、私たちはいつも何かに恐れて生きている、そのような存在です。

ですが今日、そのような弱さをもった者であるということを認めても、まず何よりも、天の父の愛を知り、そして受けとりましょう。
「主を恐れる歩みをする…!」と身構えずに、神様の愛を受けてリラックスして、父に愛されている神の子であることを再確認しましょう。そして、主の愛に突き動かされ、聖霊様の声に従順して歩めますように。
イエス様のように、天の父に愛されていることから始まり、そしてお父さんを愛するがゆえに主を恐れる歩みが一歩一歩うまれていくことを信じます。

主を愛するがゆえにした一つ一つのことが、人には覚えられていなくても隠れたところで見ておられる天のお父さんが覚えてくださっていることを感謝します。

■P:祈り
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 あい 】

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