■S:今日の聖書の言葉
ルカ20章17節
★イエスは、彼らを見つめて言われた。「では、『家を建てる者たちの見捨てた石、それが礎の石となった』と書いてあるのは、何のことでしょう。
■O:今日のコラム
イエス様は十字架の上で人と天の父から捨てられました。しかしこれは主がなさったことであり、これは主が設けられた日と聖書は言っています。
家を建てる者たちの見捨てた石、それがイエス様ご自身です。そしてイエス様はわたし達の礎の石となってくださったのです。礎の石とは土台石です。ここに神様の大きなご計画があります。
神様のご計画は、この礎となってくださったイエス様を土台とし教会が成長し主の聖なる宮となることです。また、わたし達自身もともに建てられ神の御住まいとなることができます。
では神の御住まいとしてどのように成長していけば良いのでしょうか?
Iペテロ2章2節
「生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、乳を慕い求めなさい。それによって成長し…」
わたし達を成長させるのは神のことばです。みことばが神様ご自身だからです。わたし達は毎日この神様のことばに洗われ、強められ、養われていく必要があります。自分の経験や知識に頼る時にわたし達は自分自身に絶望するかもしれません。わたし達は不完全な者だからです。しかし主に信頼する者は決して失望させられることはありません。
肉の欲はたましいに絶えず戦いをいどんできます。わたし達は時に失敗したり罪を犯したりします。しかし神様はわたし達に悔い改めという恵みを与えてくださいました。悔い改めとは神様のもとに戻ることです。
わたし達が悔い改めイエス様の十字架の血潮を受けるならば、敵はわたし達を罪に定めることができないのです。イエス様の十字架の血潮はわたし達を完全にきよめ救うことができます。悔い改めは恵みです。主はどんな時でもわたし達に両手を広げて悔い改めへと招いてくださっています。
今日も我が魂に神様の生けるみことばを宣言し、イエス様の十字架の血潮を受けましょう。みことばと十字架の血潮によってわたし達の心の内にある古い性質は壊され、曲がった所はまっすぐになり、でこぼこ道は平らにされていきます。わたし達はキリストの似姿へと変えられていきます。
これは一瞬でできることではありません。毎日悔い改めて主のもとに戻り、イエス様の血潮を受けて神のことばによって養われていきましょう。毎日の歩みを主は覚え必ず報いてくださります。わたし達をキリストの花嫁として成長させてくださるのは神様ご自身です。
■A:考えてみよう
自分ひとりで負っている重荷や罪の攻めはないですか?イエス様はわたし達の礎の石となってくださりました。今日大胆にイエス様の御腕の中に飛び込み、イエス様の血潮を受けましょう。
Iペテロ2章4節「主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。」
■P:祈り
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 よしあい 】
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