■S:今日の聖書の言葉
詩篇15篇

★主よ。だれが、あなたの幕屋に宿るのでしょうか。だれが、あなたの聖なる山に住むのでしょうか。
正しく歩み、義を行い、心の中の真実を語る人。
その人は、舌をもってそしらず、友人に悪を行わず、隣人への非難を口にしない。 神に捨てられた人を、その目はさげすみ、主を恐れる者を尊ぶ。損になっても、立てた誓いは変えない。
金を貸しても利息を取らず、罪を犯さない人にそむいて、わいろを取らない。このように行う人は、決してゆるがされない。

■O:今日のコラム
これを見ると個人的な祈りの時間だけが主とともに過ごす事ではないことが分かります。私たちは、あらゆるときに主とともに歩むことができるのです。
 正しく歩む人=主とともに歩む人は、義を行い、心の中の真実を語る人です。それ以以降にそれがどんな人であるかが具体的に描かれています。
 『神に捨てられた人を、その目はさげすみ』とは誤解しやすいですが、原語を見ると、『主を嫌う人を、その目は嫌い』という感じです。主と同じ物の見方を持っているという事です。つまり主とともに歩んでいるから、主と視点が一緒なのです。
 主とともに歩む人、正しく歩む人の特徴は、どこにあるのでしょう?それは口の言葉が御言葉に基ずく信仰の告白である者です。なぜなら、その人は義を行いますが、義の行いは、良い告白によって導かれるものだからです。ヤコブ書は、私たちの口の言葉は、船の舵のようなもの、馬のくつわのようなものだ、と言っています。
 『心の中の真実を語る人』とは思ったことを何でも口に出して言う人ではありません。それは、ぜひやめてください。そうではなくて、この『真実』という言葉は、信仰とも訳される言葉(エメス)です。つまり御言葉に基ずく信仰の告白なのです。
 『正しく歩み、義を行い、心の中の真実を語る人』は、詩篇1篇で出てくるこの人の事です。

『幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。
まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。』(詩篇1:1~2)

 詩篇1篇を読むとその人は、流れのそばに植えられた木です。主の御そばにとどまる者となるのです。その人は何をしても栄えます。なぜなら主とともに歩んでいるからです。主とともに歩む者とは、自分の道に、主を呼び出すものではなく、主の進みたい道に寄り添って歩む者の事です。この木は、そばに流れを引っ張て来たのではないのです。流れのそばに植えられた木なのです。それは、語られた御言葉を成し遂げるために生きる者であり、イエス様というゴールに向かって歩む者の事です。

■A:考えてみよう
主とともに歩むものとして、告白を大切にする。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】

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