■S:今日の聖書の言葉
使徒の働き12章1節、5節

★そのころ、ヘロデ王は、教会の中のある人々を苦しめようとして、その手を伸ばし、
★こうしてペテロは牢に閉じ込められていた。教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた。

■O:今日のコラム
教会の中のある人々、の「の中の」と日本語で訳されている言葉を調べてみたところ、この単語は「apo」で、from, off, of, since, 〜から、などいくつかの意味があるようですが、その一つの意味は、大きな部分から取り分けられた、引き離された、全体的な大きな部分に属する一部、と説明されていました。

ヘロデ王は、教会という、主の信徒たちの群れ、キリストの身体に属する、一部の人たちを苦しめようとしました。

そして、まず主に愛された弟子ヨハネの兄弟ヤコブを殺しました。

それは教会にとってどんなにか痛いことであったでしょう。

イエス様の十二弟子のひとりで、イエス様と三年半、間近に過ごした人、イエス様が3人しか弟子を連れて行かなかった時には、このヤコブとヨハネ、ペテロを連れて行った、そのような弟子の中の弟子でした。

指を怪我したり、虫歯になったり、鼻炎になると思い出しますが、私たちは体の中の一部が痛むと、身体全体が苦しみます。

キリストの身体である教会の一部が殺された時、教会全体が、大きな痛み、嘆き、苦しみを覚えたと思います。

そして、そのことがあったので、同じようにペテロが捕らえられた時、教会は、一回祈って、はい、終わり、ではなく、皆で一つところに集まり、ペテロの無事な姿を見るまで、熱心に祈り続けたのでしょう。

1コリント12:26
「もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。」

1コリント11:23-24
「私は主から受けたことを、あなたがたに伝えたのです。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンを取り、
感謝をささげて後、それを裂き、こう言われました。「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」」

1コリント10:17
「パンは一つですから、私たちは、多数であっても、一つのからだです。それは、みなの者がともに一つのパンを食べるからです。」

キリストの身体である教会は、一つのパンであり、一つの身体です。

初代教会は、一箇所に集まり、一致して祈り、その結果、二本の鎖につながれ、16人の兵士に監視されていたペテロが御使いによって救い出されるという、偉大な奇跡を見ることになりました。

しかし、この箇所を読んで、じゃあ、一箇所に集まって皆で同じ課題を祈れば奇跡が起こるか、と言ったら、そのような、「公式」で神様が働いてくださるわけでもないのだ、と教えられました。

私たちは、まず、互いに、一つのパン、一つの身体であることを思い出しましょう。

そして、もし、身体の一部、教会の誰かが痛んでいたら、苦しんでいたら、共に痛み、苦しみ、その痛みが取り去られるまで、共に祈りましょう。

そして、主が救い、解放、癒しを与えてくださる時に、共に喜びましょう!

■A:考えてみよう
今日、キリストの身体である教会の中(まず自分の属する地域教会、さらには日本の諸教会、世界の教会)に、痛んでいる部分、苦しんでいる部分があるだろうか。
そのために、時間をとって祈っていこう。

■P:祈り
頭なる主、イエス様。
あなたの血潮によって私を贖い、清め、聖霊を注いで、あなたのもの、あなたの貴い身体の一部としてくださった恵みをありがとうございます。
身体の他の部分、あなたに属する人々に痛み、苦しみがある時、私もあなたと同じ心になって、その部分のために執りなし祈ることができるように、導いてください。

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 とも子 】

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