■S:今日の聖書の言葉
創世記13章14節〜18節

★14ロトがアブラムと別れて後、 【主】はアブラムに仰せられた。 「さあ、 目を上げて、 あなたがいる所から北と南、 東と西を見渡しなさい。
15 わたしは、 あなたが見渡しているこの地全部を、 永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。
16 わたしは、 あなたの子孫を地のちりのようにならせる。 もし人が地のちりを数えることができれば、 あなたの子孫をも数えることができよう。
17 立って、 その地を縦と横に歩き回りなさい。 わたしがあなたに、 その地を与えるのだから。 」
18 そこで、 アブラムは天幕を移して、 ヘブロンにあるマムレの樫の木のそばに来て住んだ。 そして、 そこに【主】のための祭壇を築いた。

■O:今日のコラム
昨年イスラエルに行った時に、荒野の中で二泊三日を過ごすという貴重な体験をしました。そこで月食を見、直後の日の出を見ながらアジアの人々と礼拝をしたことを今でもはっきりと思い出します。その宿泊した場所が、ちょうどこのアブラムとロトがわかれた場所です。
その荒野から月食で真っ赤になった月の沈んだ西を見るとそこにはエルサレムの街が見えました。そして、日の登る東の方には死海が広がっていました。そのはるか先には日本があります。ですから、私はこの箇所を読む時、特別な気持ちで読んでいます。

(1)ロトと別れて後
主がアブラムに語られたのはロトとアブラムがわかれた後でした。ロトはアブラムの親類です。(8節)共に富むものとして、一緒にいたらたくさんの働きが出来たかもしれません。しかし、アブラムの家畜の牧者たちとロトの家畜の牧者たちとの間に、 争いが起こってしまいます。(7節)その結果、二人は別々の方向に行くことになります。
私たちの神様は聖書全体を見ると加えていくというよりかはむしろ削って削って、どんどんシンプルにされていく神です。刈りこみをされる神です。それは、辛いことかもしれませんが、天のお父さんの計画があります。それは、私たちがよりよい豊かな実を結ぶことです。

「わたしの枝で実を結ばないものはみな、 父がそれを取り除き、 実を結ぶものはみな、 もっと多く実を結ぶために、 刈り込みをなさいます。」(ヨハネの福音書15章2節)

神様はアブラムを刈りこんだ後、語られたことに注目しましょう。

(2)目を上げて見る
続いて神は「さあ、目を上げて」(14, 15節)とアブラムに語られます。刈り込みの痛みに目を留めていては前に進むことが出来ません。私たちは失意のどん底の中であったとしても、荒野のまっただ中であったとしても、十字架を見上げることが出来ます。そこに希望があります。
アブラムは主の言葉に従順して今いるところから北、南、東、西を見渡しました。その見渡した全地を与えると主は言われました。ここから学ぶことができるのは私たちは信仰の目によって四方を遠くまで見渡すことの大切さです。私たちが見たところが私たちとその子孫に与えられる領域になります。逆に狭い範囲しか見えないなら、その場所が相続の地となります。知恵と啓示の御霊によって私たちの信仰の目を大きく開いていただき、出来る限り遠くを見通すことができる目が与えられるよう主に求めましょう。

(3)増える子孫
植物も動物も、そして私たちも、神の作品は健全に成長するなら増え広がるものです。では、私たちから生み出されるものはどれほど増え広がっていくのでしょうか。それは16節にかかれている通り「地のちり」のように増え広がると約束されています。だれも地のちりを数えることが出来ません。神様は皆さんにもこの約束を語っておられると信じます。この主からの約束を幼子のように信じきったものは本当に幸いです。
マリアのようなシンプルで大胆な祈りを持ってこの約束を受け取りましょう。

「マリヤは言った。 「ほんとうに、 私は主のはしためです。 どうぞ、 あなたのおことばどおりこの身になりますように。 」」(ルカの福音書1章38節)

(4)立って歩く
私たちは遠くまで見、約束を信じました。次のステップは行動です。主が言われたことを疑わず主のタイミングで行う事はとても重要です。モーセやエリヤ、その他多くの信仰の先輩が行ってきた偉大な奇跡は、ただ主の言葉に従順しただけです。事を行われるのは主です。そのためには主の声を聞き分ける耳が必要です。それはどのように養えるかというと、みことばにどれだけ親しんだかということで養われていきます。
私たちはたとえ人混みの中であったとしても、肉の家族の声を簡単に聞き分けられるでしょう。それはいつも聞いているからです。同じように、私たちが昼も夜もその教えを口ずさむ詩篇1篇のような生活をしているなら、まことの羊飼いである主の声をすぐに聞き分けられるはずです。
そして、主の声を聞いたならその機会を逃すこと無く行動に移していきましょう。それはそんなに難しくないことだと思います。主は優しい方ですので、私たちに不可能な事は要求されません。ごく当たり前のなんでもないような事に感じるかもしれませんが、主の声に聞き従っていく時にそこに奇跡が起こっていきます。さあ、勇気を出してしっかり立って歩きましょう。

(5)縦と横に歩く
主は14節で「見なさい」と言われた時は東西南北を見なさいと言われました。しかし、「歩きなさい」と言われた時は、「縦と横に歩き回りなさい」と言われました。私はこの箇所を読んだ時、十字架が見えてきました。縦、つまり心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして主を愛すること。そして、横、自分自身を愛するように隣人を愛すること。信仰によってこの上を歩きまわる人に主からの相続は与えられます。

(6)祭壇を築く
私たちは主から相続を与えられて満足してしまってはいけません。むしろ、その後が重要になります。アブラムが主からの約束を受け取った後したことは、マムレの樫の木のそばに天幕を移し、住みました。マムレとは「強さ」と言う意味です。木にかけられた最も強いお方はイエス様です。
私たちは主からの相続を得たのであれば、それを自分のものとするのではなく、イエス様をその場にお迎えし、祭壇を築き、主の名によって祈ることが大切です。
自分のちからで頑張って獲得したと思える、今の職場も、家族も、環境も、すべては主から与えられたものです。もちろん、そのために多くの犠牲と努力をされてきたかもしれません。しかし、そのことさえ主の恵みの故です。私たちはひとりでは何をすることも出来ません。
それであれば、全てを与えて下さったお方、主をその場所にお迎えすることはとても重要な事なのです。別の言い方をするとへりくだるということです。
そのためには、自分の快適な場所を離れて新しいことにチャレンジしなければならないかもしれません。慣れ親しんだやり方を変更しなければナラないかもしれません。それはとても骨の折れることでしょうが、主からの語りかけなら、それに従順する価値はおおいにあります。

今置かれている場所に主を歓迎し、祈りの祭壇をそこで築くのであれば、あなたは主の十字架の恵みの中で生かされ、しっかりとそこに立つことが出来ます。そしてあなたから多くの子孫が生み出され、目を上げ遠くまで見渡せるでしょう。その結果、気が付くと主があなたを刈り込み、豊かな実を実らせることが出来ます。主のことばに従順していきましょう。

■A:考えてみよう
私たちに与えられている天の父からの相続はどれほどか想像したことがあるでしょうか。神の子とされている私たちは聖書に書かれてある全ての主からの相続を受け取るに値する存在です。
神の子としての身分が書かれている聖書の箇所を見つけ、ノートに書き記しましょう。同様に、主から私たちに与えられている相続の約束を主から教えられたら、それをノートに書いておきましょう。
神の子として受けるべきを余すこと無く受け、一人ひとりが地の塩として用いられ、世界の光としてキリストを輝かせていくことを願います。

■P:祈り

どうか、 私たちの主イエス・キリストの神、 すなわち栄光の父が、 神を知るための知恵と啓示の御霊を、 あなたがたに与えてくださいますように。 また、 あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、 神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、 聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、 また、 神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、 あなたがたが知ることができますように。(エペソ1:17-19)

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しゅん 】

カテゴリー: マナメール

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