■S:今日の聖書の言葉
列王記第二7章2節(列王記第二8章)

★ しかし、侍従で、王がその腕に寄りかかっていた者が、神の人に答えて言った。「たとい、主が天に窓を作られるにしても、そんなことがあるだろうか。」そこで、彼は言った。「確かに、あなたは自分の目でそれを見るが、それを食べることはできない。」

■O:今日のコラム
サマリヤは、飢饉に見舞われていて、その上アラムが町を包囲していました。
 彼らの飢えは相当なものでした。自分たちの子どもさえ食べなければならない状況でした。鳩の糞300ccが銀5シェケルで売られているのに、明日には上等の小麦7600ccが1シェケルで売られるとは想像できないのは、理解の出来る話です。
 しかし、神のことばは、必ずその通りになるのです!この侍従は、王が腕に寄りかかるほど、つまり王に最も信頼を置かれている侍従でした。しかし、彼は主に信頼する事が出来なかったのです。主に信頼する者は、失望させられることがありません!
 この侍従は、『主が天の窓を作られるとしても、ありえない。』と宣言してしまいました。この宣言にゆえに、この侍従は、この事の傍観者になり、神の用意した奇跡を味わう事がなかったのです。この天の窓ということばは、アルバという語で聖書で9回しか使われません。その内の一度は、ノアの洪水のときの『天の水門が開かれた』の水門がそれです。
 ノアのときにも、『そんなことはありえない』とあざけた者たちは、その救いの箱舟を見るが、その救いを味わうことは無かったのです。
 みことばの通りに宣言する事は、クリスチャンが、主の救いのわざの数々を味わうために重要なことです。これをあざけて否定させようとする力は、反キリストの霊です。
『偽り者とは、イエスがキリストであることを否定する者でなくてだれでしょう。御父と御子を否認する者、それが反キリストです。だれでも御子を否認する者は、御父を持たず、御子を告白する者は、御父をも持っているのです。』(Ⅰヨハネ2:22~23)
 この御子を告白する、という言葉は、ホモレゴーという言葉で、『同じことを言う』という意味です。反キリストも主の奇跡をみるでしょう。しかし、味わう事はないのです。ホモレゴーすること、主の言葉に同意する者は、癒しを見、奇跡を身、それを味わうのです。

■A:考えてみよう
みことばに反する言葉を口にしない。みことばに基づいた宣言をする。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】

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