■S:今日の聖書の言葉
マルコ16章(エレミヤ38章)
★ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石だったのに、その石がすでにころがしてあった。
■O:今日のコラム
今日は復活祭の日曜日です。私たちが信じている主は、死んだ神でなく復活され生きた神であることを感謝します。
今日の箇所には、マグダラのマリアとヤコブの母マリアとサロメが十字架にかけられたイエス様に油を塗りにいく様子が書かれています。
彼女たちの懸念事項は、墓の前に置かれた大きな石でした。石をどけなくては主に会えない、自分たちで動かすには大きすぎる、だれかどかしてくれる人はいるだろうか。。。
しかし、マリヤ達が目を開けるとそこにはあったはずの石は、あれほど大きな石だったのに気づかないうちにすでに動かされていました。
私たちが主に会いたいと願うとき、私たちの前にある石がたとえどんなに大きく動かそうとも不可能に思えたとしても、その石はすでに動されており、わたしたちと主の間にある隔たりはすでに打ち破られ、全ての問題には解決が与えられていることを心から感謝します!
石がどけられた結果、私たちが出会うのは死んだ主ではなく生きた主であり、しかも、墓ではなく私たちの食卓という日常の中で私たちは主に出会う、その希望と祝福を心から感謝します!!
■A:考えてみよう
この復活祭の日曜日に、復活の信仰を受け取りましょう。
「あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを探しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。マルコ16章6節」
■P:祈り
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 れな 】
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