■S:今日の聖書の言葉

ローマ人への手紙12章1-2節(申命記12章)

★ そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。

この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

■O:今日のコラム

今年に入って、主は私に、「あなたが真の礼拝者となりなさい」と語り続けておられるように感じます。

私は、ついあの人はどうですか? この子はどうですか? この問題はどうですか? と、いろんなことに気が行き、思い煩ってしまう癖があります。

しかし、主は繰り返し、「あなたは、私を礼拝しなさい。私に目を上げなさい。私を信頼しなさい。」と言われているように感じます。

真の礼拝者という言葉は、ヨハネによる福音書4章23節に書かれていますが、原語のギリシャ語では、本物の、本当の、純粋な(混じりけのない)という意味を表すaléthinosという言葉と、礼拝者=神を崇め、ひれ伏して主への敬愛のゆえに地面に口づけする者という意味のproskunétésという言葉が使われています。

私は、私を愛してくださっている主を、純粋な、混じりけのない、本物の心で、愛したいのです。

いろんな問題や、重荷、気になる人やことがあったとしても、それを一旦横において、いえ、むしろ、それが気にならないくらいの、主への愛と信頼する純粋な心で、花嫁が花婿を慕う心で、主を礼拝したいのです。

そして、今日の箇所を読むと、礼拝とは、祈ったり、賛美したりすることだけでなく、日々の生活そのものの中でも、自分を主に捧げていくことだということがわかります。

毎日の生活の中で、純粋な混じりけのない愛の心で、主に自分を差し出し、主の御心に自分を従わせていきましょう。

■A:考えてみよう

過去の失敗も恥も、痛みも傷も、勝利や祝福も、将来の夢も、計画も、また心配も、すべて委ねて、私のすべてを捧げて、主を礼拝します。

一瞬一瞬、主に自分自身を差し出し、主の思いを受け取り、自分を委ねます。

■P:祈り

主の御名によってお祈りします。アーメン

【 ともこ 】

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