■S:今日の聖書の言葉
出エジプト記12章13節 (同11章)
★ あなたがたのいる家々の血は、あなたがたのためにしるしとなる。わたしはその血を見て、あなたがたの所を通り越そう。わたしがエジプトの地を打つとき、あなたがたには滅びのわざわいは起こらない。
■O:今日のコラム
出エジプト記を読み進めていく中で、あなたがたの「家」、あなたがたの「家族」、あなたがたの「家々」、というように、「家」という言葉が多く出て来ることに、ふと気がつきました。
神様は、アブラハム、イサク、ヤコブの神です。個人が救われる時、家族全体がこの契約関係の中に入ること、家族全員が救いを受けることが神様のみこころです。
ここに、「家」という表現が多く出てくるのには、救いの計画が個人だけではなく、家族全体を指しているからだと信じます。
救いの出来事が描かれているノアの箱舟からもこの事を知ることが出来ます。
神様は、ノアと契約を結んでこう言いました。
「わたしは、あなたと契約を結ぼう。あなたは、あなたの息子たち、あなたの妻、それにあなたの息子たちの妻といっしょに箱舟に入りなさい。」 (創世記6章18節)
その後、箱舟が完成した時、神様はまたノアにこう命じました。
「あなたとあなたの全家族とは、箱舟に入りなさい。」 (創世記7章1節)
また、新訳聖書にも、
「信仰によって、ノアは、まだ見ていない事がらについて神から警告を受けたとき、恐れかしこんで、その家族の救いのために箱舟を造り…」 (へブル人への手紙11章7節) と書き記されています。
このように神様は、ノアとの個人的契約から、家族との契約の中に入ることを計画しておられます。
今日の箇所においても、「家族の救い」の計画について、具体的に記されています。
「そこで、モーセはイスラエルの長老たちをみな呼び寄せて言った。あなたがたの家族のために羊を、ためらうことなく、取り、過越のいけにえとしてほふりなさい。」 (出エジプト記12章21節)
イエス様は、過越の子羊となられたお方です。(コリント人への手紙 第一 5章7節)
それは、個人の救いに留まらず、家族全体に流された贖いの血です。
傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの尊い血は、私たちの家族全体のために流されました。
ヒソプが個人にではなく、家に塗られたことからも、その事が言えます。
私たちは、家族の救いのためにもっと祈っていきましょう。
イエス様の血潮が家族全体に覆われ、滅ぼす者が私たちの家にはいることがないよう、前にも後ろにも、イエス様の血潮を宣言していこう。
イエス様の血は、私たちを悪から守る、完全なシェルターです。
■A:考えてみよう
今年の始めに、夢を見ました。終わりの時、主の花嫁たちが集められ、次々とノアの箱舟のような舟に乗りこみました。まだ全員が乗り込んでいないのに、後ろの扉が閉まり、花嫁たちを乗せた舟が、天に引き上げられたのです。
その舟には、私の家族 (母や兄弟たち) や、多くの信仰者が乗っていませんでした。これは、そうならないように祈りなさいという、神様からの警告であると受け取りました。
ノアとノアの家族に起こった救いの出来事が、終わりの時、私たちと私たちの家族にも起こらなければなりません。
それが、神様の願いであり、約束だからです。
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」 (使徒の働き16章31節)
また、教会は祈りの 「家」 です。家には、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、子供、赤ちゃん、、、全ての世代がいるべきです。それが、自然なことです。
赤ちゃんでさえ、神の契約の中にあるのです。小さな魂であっても家族の一員です。
理解が出来ない歳であっても、礼拝することを早くから教えましょう。聖書は、理解ができる前から教え、そして、子供が 「この儀式はどういう意味ですか」 と尋ねるようになった時、理解出来るようになった時に、その意味を教えることを命じています。(出エジプト記12章26-27節)
子供たちが同じ救いを受け、永遠のいのちにあずかるように、子供 (赤ちゃん、少年、青年) たちのために、とりなし祈っていきましょう。
■P:祈り
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 ひさえ 】
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