■S:今日の聖書の言葉
マタイによる福音書22章29節(ヨブ記24章)
★ しかし、イエスは彼らに答えて言われた。「そんな思い違いをしているのは、聖書も神の力も知らないからです。」
■O:今日のコラム
神の道は、学問ではありません! 神の力が私たちを導き、教えてくれるのです!
サドカイ人は、復活や奇跡など超自然的な力は、認めませんでした。まるで、道徳やモラルを学ぶために聖書を学んでいました。そんな理解の中での疑問をもってイエス様を試しました。
するとイエス様は、彼らの思い違いを指摘されました。その理由も教えてくださっています。それは、聖書を知らない事。もう一つは、神の力を知らない事です。
私達も、自分の理解や人間の理解の範囲で信仰を取らえ続けるなら、思い違いをしてしまうのです。
神の力をますます知っていくことは、思い違いをなくして行く事につながるのです。私たちの信仰の歩みは、人の知恵に支えられてはならず、神の力に支えられなければならないからです!
人々が突然、笑い転げる。手を置いて祈って、病気が癒される。手が震える。礼拝中に突然人々が涙を流す。
冷静な理論的な人間から見たら、理解を超えていて気持ち悪い、馬鹿みたい、ああいう風にはなりたくない、と感じる方がいるのは理解できます。
しかし、聖書は、その現象を否定しておらず、むしろ聖書に書いてあることです。こういう現象を受け入れている教会を、『カルトだ!』と攻撃する人がいるのも知っています。
でも人の感性によって人が救われていくのではありません。神の力が私たちを救うのです。
異言もそうです。私たちには理解できなくても、これは神の力によって歩むためなのです。
断食もそうです。理屈では、何もプラスでなくても、神の力の働くことを信じているのです。
神の力は、人の理解を超えたものなので、それに寄り頼んで生きることは、へりくだった信仰の姿勢を生み出します。
■A:考えてみよう
人の知恵にではなく、神の力に寄り頼む生き方を身に付けよう!
■P:祈り
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 まじまこ 】
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