■S:今日の聖書の言葉

ヨハネによる福音書19章12-16節(ヨナ書4章)

★ こういうわけで、ピラトはイエスを釈放しようと努力した。しかし、ユダヤ人たちは激しく叫んで言った。「もしこの人を釈放するなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王だとする者はすべて、カイザルにそむくのです。」

そこでピラトは、これらのことばを聞いたとき、イエスを外に引き出し、敷石(ヘブル語ではガバタ)と呼ばれる場所で、裁判の席に着いた。その日は過越の備え日で、時は第六時ごろであった。

ピラトはユダヤ人たちに言った。「さあ、あなたがたの王です。」彼らは激しく叫んだ。「除け。除け。十字架につけろ。」ピラトは彼らに言った。「あなたがたの王を私が十字架につけるのですか。」祭司長たちは答えた。「カイザルのほかには、私たちに王はありません。」そこでピラトは、そのとき、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した。

■O:今日のコラム

私たちには、2通りの歩みしかありません。それは、イエス様を王として歩むか、サタンを王として歩むかです。

極端なようにも聞こえますが、例えば自分を王とする歩みも、結局は、罪の奴隷となる歩みであり、隠された形でサタンが王になっています。

地上において、イエス様を王とする歩みをするならば、必ず分岐点に立つことになります。それは、イエス様を王として歩み続けるか、地上の王(サタン)を王として歩むかです。

ピラトの内には、イエス様こそ来るべきユダヤ人の王、メシヤであり、神の子であるのかもしれないという、主に対する恐れが芽生えていました。(7-9節)

しかしそのかすかな信仰によってイエス様を王として受け入れようとする度に、カイザル(地上の王)を王とするのか、イエス様を王とするのか、という決断を迫られます。12節~16節の間にも2回、その分岐点が表れています。

そしてその度に、ピラトはイエス様を引き渡すことを選んでいきます。ピラトは天にあるものを求めるよりも、地上のものを選んだとも言えます。彼は目に見える、地上の権威、富、快楽を求め、目に見えない天のものを捨てたのです。

私達も、天にあるもの、御国のものを求める以上に地上のものを求めるなら、イエス様を捨て、地上の王(サタン)の支配を受け入れる事になってしまいます。

富と神とに同時に仕えることはできません。確かに地上にあっては、私たちには物質的な必要があります。しかし、御国を第一に求めるならその必要の全ては与えられるのです。騙されてはいけません。天の富こそまことの富、天の楽しみこそまことの楽しみ、天の王こそまことの王なのです。ひたすらに天にあるもの、御国を求めましょう!

■A:考えてみよう

地にあるものよりも、天にあるものを求める。むしろ、地上にあるものを用いて、天を求める。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】

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