■S:今日の聖書の言葉
サムエル記第一27章6節

★それでアキシュは、その日、ツィケラグをダビデに与えた。それゆえ、ツィケラグは今日まで、ユダの王に属している。

■O:今日のコラム
シャバットシャローム!!

ダビデはサウルから追われる人生の中で、考えました。
『いつか、いまに、サウルの手によって滅ばされるだろう。ペリシテ人の地にのがれるより道はない。』

なんと悲しいシーズンだったことでしょう。自分の義理の父から追われて、敵の陣地に逃げなければ命はないとまで追い込まれてる状況は、生きた心地がしなかったと思います。

ダビデはついに敵の陣地にいくことを実行しました。その中でアキシュの王はツィケラグという領土をダビデに与えました。それがダビデの逃れの場所となりました。
 
ツィケラグとはどのような場所だったのでしょうか?

ツィケラグとはヘブル語で「曲がりくねった」「巻きつく」などの意味があるそうです。主の道はまっすぐであるので、曲がった道は主の道から遠いものに思えます。自分の故郷ではない、正反対の場所であったことでしょう。しかし、ダビデは敵の真ん中で生きていくことを決心します。

「あなたの敵の真ん中で治めよ。」(省略)(詩篇110:1〜7)

ダビデが敵の真ん中で治めるようになってから何が起こったのでしょうか。
『ツィケラグは今日までユダの王にぞくしている。』
なんと敵地であった所はユダに属するところとなりました。

ダビデの霊性

ダビデはツィケラグと、荒野の要害を行き来していたことがわかります。誰が敵地や荒野の要害に集まるのでしょうか。相当コアな人たちでないと行きたいとは思わないでしょう。笑

そうです。ダビデの元に集まった人たちは変人…いや!勇士たち、特に戦いに長けている勇士たちでした!!
なぜなのでしょう?ダビデの霊性、すなわちダビデが持っていた心が勇士だったからです。

ダビデは礼拝者であるとともに、戦いの勇士でもありました。プライドを捨てた気高い勇士。このような言葉が合っているかと思います。敵地の中で敵の王に仕えつつ、敵人を聖絶し、またその真髄にあるのは神に対する信頼と礼拝の心でした。集まってきた者たちは戦いの中でも特に戦いの加勢をした人々と記されています。

私たちは現代においてどのように戦うのでしょうか?私たちは肉によって戦う者ではありません。相手を罵り、恨んで、罪におとしめる、そのような戦いではありません。

「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。」(エペソ6:18)

ダビデが敵地の中であっても、荒野の要害の中にあっても勇士が集まってきたように、礼拝者のところには必ず礼拝者が集まります。祈る者のところには必ず祈る者が集まります。

ダビデが受けた祝福

「『ダビデよ。私たちはあなたの味方。エッサイの子よ。私たちはあなたとともにいる。平安があるように。あなたに平安があるように。あなたを助ける者に平安があるように。まことにあなたの神はあなたを助ける。』そこで、ダビデは彼らを受け入れ、隊のかしらとした。」(第一歴代誌12:18)

アーメン。礼拝者たち、勇士たちに約束してくださっている祝福であると信じます!

■A:考えてみよう
・自分の周りにはどんな人が集まっていますか?
・自分は礼拝者として信仰の戦いをたたかっているでしょうか?

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 あはごん 】

カテゴリー: マナメール

オンライン献金はこちらから。

大きな額の献金は手数料の少ない口座振り込みをお勧めいたします。

オンラインサポートの手順

Comments are closed.

  • 最近のコメント

  • 新宿シャローム教会 大久保会堂


    〒169-0073 東京都新宿区百人町1-23-24アミューズ大久保ビル2F
    TEL 03-3371-7558
  • アーカイブ

  • カテゴリー