■S:今日の聖書の言葉
詩篇84篇10節

★まことに、あなたの大庭にいる一日は千日にまさります。私は悪の天幕に住むよりはむしろ神の宮の門口に立ちたいのです。

■O:今日のコラム
今日の通読箇所である詩篇84篇はコラの子たちによって書かれました。コラというと、荒野で自分に与えられている役割以上のものを求めてモーセに逆らい、地に飲み込まれて死んだ人物です。

出エジプト記には、コラの子たちは死ななかったという記述がありますが、そののちコラの子(子孫)たちは歌うたいや幕屋・宮の門衛に任命されました。

今日の詩篇で、コラの子たちは三つ幸いな者について歌っています。

「なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。彼らは、いつも、あなたをほめたたえています。」(詩篇84:4)

一番目は主の家に住む者です。1節から4節で中心に書かれていることは、神への賛美です。このことはこれを歌っているコラの子たちに与えられた使命です。父祖コラと違い、与えられた使命を全うすることを最上の幸せとしています。

次に幸いな者はこのような者だと書かれています。

「なんと幸いなことでしょう。その力が、あなたにあり、その心の中にシオンへの大路のある人は。」(詩篇84:5)

その特徴は、自分自身の力により頼むことをしません。そして、心の中にシオンへの大路があります。

もし自分が持っている力に目を留めるなら、私たちは自分に与えられた役割に立ち続けることはできなくなるでしょう。あるいは父祖コラのようにもっと大きな役割を求めるようになり、あるいは1タラントを任せられたしもべのように、それを治めることを放棄してしまいます。

シオンへの大路とは、都エルサレムに向かう小さな路地のことだと聞いたことがあります。やがて現れる天の都を慕い求める歩みは華々しいものではないかもしれません。しかし、約束を見つめ続けて歩むとき、7節にあるようにシオンにおいて、神の御前に立つことができます。

10節では、悪の天幕に住むことよりも、神の宮の門口に立つことを求めています。天幕に住むことと、門の前で立っていることを比べると、天幕に住むことの方が良いことでしょう。しかし、神の宮の門口に立つことを選んでいます。

「万軍の主よ。なんと幸いなことでしょう。あなたに信頼するその人は。」(詩篇84:12)

なぜなら、11節で言っているように、神は良いものを拒まれないお方だということを信頼しているからです。

■A:考えてみよう
私たちは肉なので、自分に栄光が捧げられることや自分に注目が集められること、自分が称賛されることをいつも求めてしまいます。勝手に内側から出てくる思いはそのような思いです。

自分が任されたものに忠実になること、地味で目に留まらないするべきことを淡々とし続けることは、自然にできることではありません。その力を求めて祈りましょう。

■P:祈り

愛するイエス様のお名前によってお祈りいたします。アーメン。

【 けいしろう 】

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一つのコメント


  1. しゅんいち より:

    けいしろう様
     主の御名を賛美します。
     コラのように自分に与えられた使命以上のことを求めると、かえって約束されている祝福さえ失ってしまいます。 
     他方、コラの子達のように与えられた使命に忠実に歩むなら、神様はその働きを喜ばれ、豊かに祝福されるようです。
     他人と比較しないで、神が喜ばれる歩みをしたいと思いました。
     本日のメッセージを感謝します。

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