■S:今日の聖書の言葉
ルカによる福音書18章18節
★またある役人が、イエスに質問して言った。「尊い先生。私は何をしたら、永遠のいのちを自分のものとして受けることができるでしょうか。」
■O:今日のコラム
今日の聖書箇所では、ある役人がイエス様に質問をしています。「役人」という言葉を原文で見ると、統治者・リーダー・チーフ・指揮官というような意味の単語が使われています。
この出来事はマタイの福音書・マルコの福音書にも書かれています。マタイの福音書には「青年」と書かれています。そしてマルコの福音書には、彼はイエス様に質問するために走り寄り、御前にひざまずいて質問したと書かれています。
この三つの福音書を見てわかることは、彼は若くして人の上に立つ、優秀な人物であったと同時に、ひざまずいて教えを願うことができるほどにへりくだった者であったということです。
イエス様はこの青年の「永遠の命を得るためにはどうすればいいのか」という質問に、戒めを守るようにと教えます。青年は守っていると答えます。ここでイエス様は青年に次のようにお答えになりました。
「イエスはこれを聞いて、その人に言われた。『あなたには、まだ一つだけ欠けたものがあります。あなたの持ち物を全部売り払い、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。』」(ルカ18:22)
イエス様から見ても、彼に欠けは一つだけしかありませんでした。つまり、この一点さえクリアできれば、彼は永遠のいのちを受けることができたということです。しかし、彼はこの一点をクリアすることができませんでした。
「イエスは彼を見てこう言われた。『裕福な者が神の国に入ることは、何とむずかしいことでしょう。金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。』これを聞いた人々が言った。「それでは、だれが救われることができるでしょう。』」(ルカ18:24~26)
まわりにいた人々が「彼が救われないのならいったい誰が救われることができるのか」と言うほど、彼は人間の目から見れば救われるべき人でした。しかし誰からもそう見える人でさえ、「わたしについて来なさい」というイエス様の召命に応えることができなかったのです。
■A:考えてみよう
これらのことから、どれほど立派になり尊敬されても、永遠のいのちを受けることはできないことがわかります。私が救われたこと、私に人生を捧げたいという思いが与えられたことこそが、主が私になしてくださった最も大きなみわざです。
イエス様のためなら自分の何を捧げてもいいという思いが与えられ、日々新しくされるように祈り求めましょう。それは主が与えてくださる思いです。
■P:祈り
イエス様、感謝します。あなたが私を特別にいつくしみ、あなたを愛したいという思いとあなたに人生を捧げたいという思いを与えてくださったことを感謝します。頑固で陰険な私の心を、あなたが捕らえてくださった偉大なみわざのゆえに感謝します。
今日、自分の全てをあなたに捧げたいという思いを新しく与えてください。新しい心をもって、今日の一日をあなたにお捧げすることができますように。
愛する主イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 けいしろう 】
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