■S:今日の聖書の言葉
ローマ人への手紙3章24~26節

★ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。
神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。
それは、今の時にご自身の義を現わすためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。

■O:今日のコラム
ローマ人への手紙の中には福音の奥義が数多く啓示されています。

3章25節でパウロは「神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。」と述べていますが、この「なだめの供え物」はギリシャ語で「ヒラステーリオン」、ヘブル語に変換すると「カポーレト」と言い、契約の箱の上部にあった「贖いのふた」を意味する言葉がここで使用されていることは注目すべきことです。

「カポーレト」とは「カポレット」とも読みます。余談になりますが、日本の祭りの掛け声で「かっぽれ、かっぽれ」という言葉があり「カポレット」という言葉と酷似しています。多くの祭りの言葉はその意味が分かっていませんが、しかし、いつの日か日本の民が主イエスの贖いを叫び求める日が必ずや来ることを信じて、これからも日本の救いをとりなし祈り続けてまいります。

契約の箱の中には3つの器具が入っていましたが全てイエス・キリストを啓示するものです。

(1)十戒が記された石の板 「道」(神の律法の完成者であるキリスト)
初代教会においてイエス様の呼び名は「ハ・トーラー(その律法)」、「リビング・トーラー(生ける律法)」と呼ばれていました。イエス様ご自身が律法の目標であり、完成者なのです。

「わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。」(マタイの福音書5:17)

「キリストが律法を終わらせられたので(律法の目標であり)、信じる人はみな義と認められるのです。」(ローマ人への手紙10:4)

(2)マナの入った金のつぼ 「真理」(天からくだったいのちのパンなるキリスト)
金の素材は聖書では神性を表すものです。イエス様はご自分のことを天からくだった「いのちのパン(マナ)」と紹介しています。

「イエスは言われた。『わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。』」(ヨハネの福音書6:35)

(3)芽を出したアロンの杖 「命」 (復活のキリスト)
アロンの杖が芽を出したのは復活の主イエスの姿を現します。イエス様はご自身がよみがえりでありいのちであると言われています。

「イエスは言われた。『わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。』」(ヨハネの福音書11:25)

このように、これら全て契約の箱の中にあった器具は道、真理、命なるイエス様ご自身を現すものであり、イエス様を通してのみ父なる神へとつながることができることを意味しているのです。

「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』」(ヨハネの福音書14:6)

これら契約の箱の中の器具は直接見るなら死に至りました。しかし、これらの器具全てを覆う贖いのふたの故に人は主の臨在に満ちた契約の箱の前に立ち得たのです。同じように私たちも主イエス・キリストが十字架で流された血潮により、完成された贖いの故に主の御顔の前に立つ恵みに与っているのです。

今日ローマ書3章を朗読し、黙想し、十字架による贖い、恵みによる救いの素晴らしさを共に味わい、主に感謝を捧げる時を持ちましょう。

■A:考えてみよう
ローマ3章を朗読して黙想し、祈る時を持ちましょう。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご 】

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