■S:今日の聖書の言葉
詩篇40篇1~3節

★私は切なる思いで主を待ち望んだ。
主は私のほうに身を傾け、私の叫びを聞き、
私を滅びの穴から、泥沼から、
引き上げてくださった。
そして私の足を巌の上に置き、
私の歩みを確かにされた。
主は、私の口に、新しい歌、
われらの神への賛美を授けられた。
多くの者は見、そして恐れ、主に信頼しよう。

■O:今日のコラム
テレビやインターネットの動物番組で、犬がえさを目の前にして「まて」と言われてソワソワしている場面を見たことがあるでしょうか。なんともかわいい映像です。中には我慢できず飼い主の「Go!」を待たないで食べてしまうワンちゃんもいます。

では、みなさんは何かに対して「待て」と言われたらどれほど待てるでしょうか。現代は「忍耐をもって待つ」ということが難しい時代です。なんでもすぐに手に入り、スマートフォン一つあれば、家にいながらなんでも手に入ってしまうのではないかと思うほど便利な時代です。一昔前は待つことは当たり前でしたが、テクノロジーが発展していくにつれ、私たちは「待つ」ということに対して弱くなっていってるのかもしれません。

今日の詩篇の中で、ダビデは「切なる思いで主を待ち望んだ」とあります。苦境の中で、明確な指針もなく、いつ終わるかわからないような圧迫の中、ダビデは待ち望みました。何を待ち望んだのでしょうか。

それは「主」です。

ダビデはどんな状況でも忍耐をもって主に信頼し続けた人物でした。忍耐をもって主を待ち望んだ結果、以下の四つの恩恵を受け取ることになります。

1.主が叫びを聞いてくださった。

2.主が絶望から引き出してくださった。

3.主が確かな巌の上に足を置き、歩みを確かにしてくださった。

4.主が口に新しい歌、賛美を授けてくださった。

これは信じる者がイエス様の十字架を通して受け取る回復のプロセスでもあります。また、イスラエルの民に見られる救済のプロセスです。そしてこの恵みは、忍耐をもって待ち続ける私たちにも与えられるものであります。

■A:考えてみよう
困ったとき、問題に直面した時、何を頼りとしているでしょうか。毎回同じような質問をしているかもしれませんが、今、本当にこのことが本当に重要なのです。

今回のコロナ禍で多くの人が経験したように、今まで頼りにしていたものは驚くほどあっという間に無くなってしまうことがあります。もう、頼れるものは主以外ありません。神様はあらゆる手段を用いて「わたしに立ち帰ってくれ!」と言われているのではないかと思います。「明日でいいや」と考えていたらどうでしょうか。明日が当たり前に来ると誰も言い切れません。

今日という日に神様の恵みを受け取る歩みを決断していきましょう。

「神は言われます。『わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。』 確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。」(2コリント6:2)

■P:祈り
愛する天のお父さん、私に待つことを教えてください。とても地味で、誰もほめてくれないことです。しかし、主に信頼して、主に期待して待ち続ける私たちをイエス様が称賛してくださることを感謝します。
つらく、苦しい中を歩んでいて、とても主に信頼して待つことはできないかもしれません。しかし、だからこそ聖霊様の助けを求めて、たとえ答えが与えられずともいつも変わらずに良いお方である主を信頼して待ち続けます。
そして、すべてがうまくいっているときにも、高ぶりを捨て去り、すべては主が与えてくださったことであることを悟らせてください。
ダビデの告白を私の告白といたします。私の口がいつも賛美で満ち溢れる状態に導いてください。
何よりも私たちを迎えてくださるイエス様を期待をもって待ち望みます。

イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン。

【しゅん】

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