■S:今日の聖書の言葉
民数記13章27~30節
★彼らはモーセに告げて言った。「私たちは、あなたがお遣わしになった地に行きました。そこにはまことに乳と蜜が流れています。そしてこれがそこのくだものです。
しかし、その地に住む民は力強く、その町々は城壁を持ち、非常に大きく、そのうえ、私たちはそこでアナクの子孫を見ました。
ネゲブの地方にはアマレク人が住み、山地にはヘテ人、エブス人、エモリ人が住んでおり、海岸とヨルダンの川岸にはカナン人が住んでいます。」
そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」
同14章24節
★ただし、わたしのしもべカレブは、ほかの者と違った心を持っていて、わたしに従い通したので、わたしは彼が行って来た地に彼を導き入れる。彼の子孫はその地を所有するようになる。
■O:今日のコラム
ここには12人の偵察がカナンの地を偵察に行く記事が描かれています。カナンの偵察に行った者たちはエシュコルの谷からぶどうを一房持って帰ってきました。このぶどうはさぞ立派なぶどうだったのでしょう。二人が棒でかついで運ぶサイズでした。
このぶどうは、神の国で結ぶ実であり、イエス様の御人格、御霊の実、平安な義の実を表していると言えます。マタイ21章ではぶどう園の話が出てきますが、そのぶどう園はユダヤ人から取り上げられて、神の国の実を結ぶ国民に与えられるとあります。
その報いを私たちはあきらめてはなりません。イエス様と一つになることをあきらめてはなりません。私たちの信仰の創始者であり完成者であるイエス・キリストから目を離してはなりません。
その報いを示された後に主は、そのために乗り越えるべき困難な状況を明らかにされました。いつでも主は、困難の前に報いが何であるかを啓示して励ましてくださいます。
その町の人々は大きく、強く、城壁もあり、堅固なものであることが分かりました。私たちがイエス様と一つになること、神の国の実を結ぶことも簡単なことではありません。誰の目にも不可能ではないか?と見えるものです。しかしあきらめてはなりません。カレブがそれを知ってもなお、信仰の告白を保ったように、私たちの口の言葉が御前に受け入れられるものでありますように!
それを主は「カレブは私に従い通した」と言ってくださっています。実際はまだカナンの地に入っていないのに、主は「この者は従い通した」と言ってくださるのです。
私たちはこの口から不信仰を取り除き、信仰の告白を保ちましょう!私たちが泣き言を言って良いのは、ただ主に打ち明ける時だけで十分です。主に対しては存分にあるがままに打ち明けていきましょう。しかし、人々に不信仰を告白すると、この時のイスラエル人がそうであったように人々も汚され、不信仰になっていきます。信仰の告白を保ちましょう。
黙示録の中でも最後まで従い通した信仰者たちの事を、あかしの言葉を保っている者と記しています。信仰の告白を大切にしましょう。最後まで従い通す者となりましょう。
■A:考えてみよう
神が口の言葉で世界を造られたのであれば、私たち神の子どもの口の言葉は、自分に、また世に大きな違いをもたらすことになります。もちろん弱気になることもあるでしょう。それは人々に言いふらすのではなく主の御前に注ぎ出しましょう。
主は慰めと励ましを与えてくださることを信じます。イエス様もゲツセマネの園ではあるがままの心を告白されました。しかし主はイエス様に励ます霊を送られました。告白は人生をその方向へと導く舵のようなものです。
■P:祈り
主よ。私の口の言葉と心の思いとが御前に受け入れられるものでありますように。たとえ弱さの中でもワンダフルカウンセラーであられる主は、私の心の全てを受け取め、励ましと慰めを与えてくださることを信じ感謝いたします。そのようにしてカレブのように私の人生の最後まであなたに従い通すことができますように。
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 まじまこ 】
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