■S:今日の聖書の言葉
出エジプト記12章13節

★あなたがたのいる家々の血は、あなたがたのためにしるしとなる。わたしはその血を見て、あなたがたの所を通り越そう。わたしがエジプトの地を打つとき、あなたがたには滅びのわざわいは起こらない。

■O:今日のコラム
シャローム、御国が来ますように!

今日の箇所はイスラエルの民がエジプトで自分たちの家の門柱とかもいに血をぬって、わざわいが過ぎて行ったという有名な箇所です。

今の時代、忙しなく毎日ニュースが更新され、これからどうなっていってしまうのか、なぜパンデミックと言われるようなことが起こるのか、など様々な疑問が出てきます。そのような渦中ですが、シンプルに3つのことを覚えたいと思います。

(1)神様に(御言葉に)聞き従うこと

リビングバイブル訳で、出エジプト12章13節を見ると、「戸口の柱に塗った血は、わたしに従うという証拠だ。エジプトの地を打つ時も、血が塗ってある家は過ぎ越す。その家の子どもは安全だ。」と書かれています。

黙示録に出てくる7つの教会に共通して言われていることは「御霊が諸教会に言われることを聞きなさい」です。

「しかし、わたしに聞き従う者は、安全に住まい、わざわいを恐れることもなく、安らかである。」(箴言1:33)

(2)イエス様の十字架で流された血潮を宣言すること

血が塗ってある門にわざわいが入ってこなかったことを今に適応するならばイエス様の血潮の力を宣言し、告白することでしょう。「もうそんなことは既にやっていますよ」と思われるかもしれませんが、信仰をもって血潮の力を宣言し続けましょう。

「兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。」(黙示録12:11)

また同時にエペソ6章10~18節から、神の武具を身につける祈りも宣言すると良いと思います。

(3)とりなし祈る(とりなす者になる)

礼拝のメッセージの中でも度々語られていますが、今という時に神様は私たちに《とりなす者》になって欲しい、とりなし祈って欲しいと願っているように感じます。

聖書を見ると、神様はとりなす者を探しておられます。神様はとりなし祈る者がいなくて驚かれたと書かれている箇所もあります。

「主は人のいないのを見、とりなす者のいないのに驚かれた。そこで、ご自分の御腕で救いをもたらし、ご自分の義を、ご自分のささえとされた。主は義をよろいのように着、救いのかぶとを頭にかぶり、復讐の衣を身にまとい、ねたみを外套として身をおおわれた。」(イザヤ59:16,17)

また、イエス様ご自身がとりなす者の長であるお方です。今もイエス様が私たちのために御座でとりなしてくれています。

「罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。」(ローマ8:34)

アブラハムやモーセ、エステル、パウロ、イエス様など、神様はとりなす者たちを通して事をなされたように、今の時代に事を起こすためにとりなす者を探しておられます。私たちも今という時に神様と同じ心を持って、御座の前に行きとりなし祈りましょう。

■A:考えてみよう
今までずっと語られて来たことの繰り返しになりますが、このような平安を奪われてしまいそうな時にこそ礼拝、御言葉、血潮の宣言、とりなし…自分の習慣になったものを継続し続けることは幸いであり、力だと感じます。

これからも継続して、礼拝、祈り、御言葉によって整えられ、とりなす者として立っていきましょう。

■P:祈り

愛するイエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まなくぼ 】

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