■S:今日の聖書の言葉
へブル人への手紙10章35~36節

★ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。

■O:今日のコラム
信仰のレースを走る私たちに必要なことは何でしょうか?今日の箇所をはじめ、他にも聖書を見てみるならば、『約束のものを手に入れるために必要なのは【忍耐】です。私たちの前に置かれている競争を【忍耐】をもって走り続けようではありませんか』…と書かれています。

忍耐という言葉を聞くと、我慢する、耐えると言った、修行を思い浮かばせるようなイメージがありませんか?私がまさにそのように考えていた一人です。我慢強い、ストイック傾向にある私にとっては、その考えは、間違った走り方を加速させてしまい、これくらい大丈夫、まだまだ忍耐が足りないなどと、どんどんどんどん自分に厳しくなっていたように思います。日本の文化や気質から来る、日本人クリスチャンあるあるかもしれません。

しかし、それって本当に神様が言われる忍耐なのかな?自分で自分を苦しくさせているのかな?とある時に立ち止まるきっかけを主が与えてくださいました。

神様のご性質を思うときに、私たちをただ苦しめて我慢させて修行のような毎日を送らせようとは思っておられません。神様が言う忍耐は、そのような、神様から離れてあるものではないと思います。

冒頭でも見ましたが、頑張った人、何か賜物や能力に満ち溢れている人、素晴らしい働きをしている人でなく、忍耐した人こそが信仰のレースを走り切り、約束のものを手にするのです!だからこそ、忍耐について、私たちは正しい理解を主にあって持つことが必要であるように思います。

忍耐という言葉を調べ、学びを受ける中で、「しっかりとどまること、待つ」いう意味合いがあることが分かりました。また、今日の聖書箇所を詳訳聖書で見るならば、「約束された方はご自身のみことばを真実に守るかたですから…ゆるぐことなくしっかりと握ろうではありませんか」とも書かれていました。 

どういうことが言えるのでしょうか。私が受け取った一つのことは、恵みであるみことばにとどまり、主を待ち望むこと。これが私たちが持つべき忍耐なのではないでしょうか。信仰のレースはイエス様に向かっていくものですから、ゴールで待って下さっているのはイエス様ご自身です!そのことのために忍耐はあり、またこのレースこそが忍耐の道そのものであり、これを神様は私たちに通って欲しいのです。

ダビデが多く書いたとされる詩篇の中で、待ち望む、待つという言葉をがたくさん出てきますが、その多くは、「私は主を待ち望む」「みことばを待ち望む」と告白していることが目に留まります。信仰者である、ダビデやヨセフ、ヨブ、、、彼らについて書かれている箇所を読み進めていくならば、確かに苦しみの先にこの地においても祝福を得ています。

しかし、それを得るために訓練に耐え、忍耐したのでないのです。一時的な、朽ちていくことのために忍耐を用いたのではないのです。主にある訓練の中で、痛みや葛藤を通り、弱さを覚え、その中で、他の何かでなくただ主を待つ者となったからこそ、主は臨んでくださり、みことばにとどまることを何度も試されたからこそ、みことばは開かれていったのではないでしょうか。

イエス様を待ち望む者として、イエスの心を受け取り、一つとなることのための、キリストの花嫁としての忍耐を働かせたいと心から願います。

「信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。」(ヤコブ1:3~4)

毎日の実際的な領域において、何かが開かれ前進しているならば、それは主の恵みとご計画ゆえですから、感謝して主のために進んでいきましょう!しかし、思い通りにならなくて、確かに耐えているような時もみじめに生きる必要はないのです。

目に見えることが開かれたから忍耐は終わり、反対に人生の苦しいシーズンが忍耐ではなくて、私たちはいつも主を待つ忍耐の中にいます。この忍耐を持って信仰のレースを歩む私たちは、命をかけて与えられた日々を毎日、イエス様が自分の内に来られることを待ち望み、イエス様が毎日共に歩まれるからこそ、いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝して歩んでいけるのです!

マラナタ、主イエスよ!今日も私に来てくださいますように。

「主よ。今、私は何を待ち望みましょう。私の望み、それはあなたです。」(詩篇39:7)

■A:考えてみよう
忍耐することを、何に対して働かせているでしょうか?
 
個人的なことになりますが、聖書の様々な箇所に主を待つことは書かれていますが、今回マナメールを用意する中で詩篇37篇が思い起こされ、主を求めることの迫りがありました。

ですので、私たちもキリストの花嫁としての忍耐を持って歩んでいけるように、詩篇37篇を朗読することをチャレンジし、このみことばを持って祈る時を持ちましょう。

世の中を見るならば、様々なことが起こり、揺り動かしが起こっています。だからこそ、今この時にこそ、いよいよ私たちはイエス様を待ち望む者でありたいと願います。

■P:祈り

愛するイエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ゆうこ 】

カテゴリー: マナメール

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