■S:今日の聖書の言葉
ゼカリヤ書13章1節(黙示録17章)

★その日、ダビデの家とエルサレムの住民のために、罪と汚れをきよめる一つの泉が開かれる。

■O:今日のコラム
私は小学生の頃、科学技術クラブというのに入っていたので、その活動として山に登ったことがあります。疲れ切った頂上付近で先生が導いてくれたのは沢の奥にある泉でした。
そこからはたくさんの量ではありませんが、次々と水が湧き出ていました。それを飲んだときの美味しさは、今でも忘れることができないほどです。

また、水は私たちがこの地上で生きていくのに欠かせないものであります。
人の体は7割が水です。また、生まれるときも赤ちゃんは羊水という水に囲まれて成長していきます。

今日の聖書の箇所では、泉が開かれるということが預言的に書かれています。
泉は、水の源です。水が湧き出る場所です。
聖書では水はいのち、またそれが転じてみことばの象徴として描かれています。
創世記のエデンでも一つの水が園の中央を通り、4つの川に流れます。黙示録でも、22章では川が出てきます。

「御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れていた。」(黙示録22:1-2a)

この泉は何のために開かれるのでしょうか。それには目的があります。

「罪と汚れをきよめる一つの泉が開かれる」(ゼカリヤ13:1b)

一つの泉、いのちの源から流れ出るみことばの水によって、私たちの内なる人の罪と汚れをきよめるためです。

エペソ5:26にも、このように書かれています。

「キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、」

ここで、ふたつのたとえ話をお伝えしたいと思います。

宣教師が訪れた人里離れた未伝地で、次々と村人が倒れて行くそうです。様々なことを試しましたが、原因がわかりません。しかし、聞き取りを続けていくと、すべての人が川の水を飲んだということがわかってきました。
そこで、宣教師が川の上流に行くと、なんと水が湧き出ているところに腐った豚の死骸があったとのことです。

私たちが霊的に飲んでいる水は不純物が混ざっていないでしょうか?
聖書っぽいことを言っていたとしても、それがはっきりとみことばから出ていないのであれば、上のような例えを笑うことができなくなってしまいます。
信仰の書籍は素晴らしいものです。しかし、そこには人の考えが入っていることもあります。まず、混ぜ物のない聖書を読みましょう。それに加えて信仰書を用いて学んでいきましょう。

もう一つは、アテフ先生が教えてくださったことです。
初代教会の時代、訓練中の献身者がみことばを読んでも読んでも変わらない自分に嫌気が差し、指導者のもとに相談に行きました。
すると、穴のあいたバケツを持ってきて、それで水を汲むことを言い渡されます。献身者は従い、水を汲みます。しかし、穴が空いているので水はたまりません。
何度もそれを繰り返すうちに、指導者は「バケツをみてみなさい」と言います。すると、水は溜まっていませんでしたが、バケツがきれいになっていました。

私たちの日々のみことばの生活もこのようなものです。
自分のたましいに真剣になっているでしょうか?瞬間、瞬間を「永遠のいのちにいたる道のりにあるんだ」という考えを持って歩めているでしょうか?
変わらない自分に失望すると同時に、だからこそ、神様の恵みにより頼んでいるでしょうか?

イエス様はみことばが人となられたお方です。この御方が仮庵の祭りの最後の大いなる祭りの日、このように宣言されました。

「さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。
わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」
これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。」(ヨハネ7:37-39a)

イエス様の十字架の死と葬りと復活により、神殿の幕は真っ二つに裂け、永遠に生ける道が開かれました。
聖霊様が注がれ、私たちの内に住んでくださっています。

ハヌカの祭りの真っ只中の今日、新約聖書の時代の神殿である私たちの内なる人をみことばによって洗って行きましょう。

■A:考えてみよう
今年の最後に皆さんに伺います。誰にも言う必要はありませんが、神様の御前に正直に答えてください。

今年、聖書の通読はできましたか?
毎日何章聖書を読んでいますか?
自分は毎日何にいちばん時間を使っていますか?

今年の新宿シャローム教会のテーマは「栄光の教会」でした。そのためにはまず、自分が栄光の教会とならなければなりません。すなわち、みことばで満ち溢れる人とならなければなりません。
忙しい年末ですが、ここで立ち止まって、祈りの家に来て主の御前で自分の人生を見つめ直してみましょう。そして、この年末年始から、尋常ではない量の通読にチャレンジしてみましょう。
穴のあいたバケツですが、みことばの水の洗によってまず、器をきれいにしていきましょう。そうしたら、一番いいときに主が穴を塞ぎ、主が満たしてくださいます。

私もこの通読をスタートして、毎日4時間以上かけて60章を超えるみことばを読み続けています。2ヶ月で旧約を通読、1週間で新約を通読するプランです。
それでも仕事をし、家事をし、家族と時間を過ごし、僅かな楽しみをすることができています。その結果、無駄に時間を過ごすことが減りました。
「みことばを読む時間がない」という考えを変えましょう。サタンに奪われている時間と喜びを奪い返しましょう!
通読を決心して始めたその日、聖書を開いたときに不思議な体験をしました。みことばを読んでいると、みことばが私に向かって「ありがとう。待ってたよ。」と語りかけてきたのです。
はるか昔からみことばは私を呼んでいてくださったのです。涙が溢れました。たましいが忘れていた故郷に戻った気分がしました。

4時間をも時間をさくことは大変だと思うので、ここに、10日間で新約聖書を通読できるプランを書いておきます。すべての章ごとの節数を計算し、1日の通読量がほぼおなじになるように作成しました。おそらく、1日につき2時間ほどかかると思います。チャレンジするか、しないかは皆さんにお委ねします。

[1日目]
マタイ1-12 / 使徒1-3 / ローマ1-10 / 黙示録1-2

[2日目]
マタイ13-22 / 使徒4-6 / ローマ11-16、1コリント1-6 / 黙示録3-4

[3日目]
マタイ23-28、マルコ1-2 / 使徒7-8 / 1コリント7-15 / 黙示録5-6

[4日目]
マルコ3-11 / 使徒9-10 / 1コリント16、2コリント1-13 / 黙示録7-8

[5日目]
マルコ12-16、ルカ1-3 / 使徒11-13 / ガラテヤ1-6、エペソ1-5 / 黙示録9-10

[6日目]
ルカ4-10 / 使徒14-16 / エペソ6、ピリピ1-4、コロサイ1-4、1テサロニケ1-4 / 黙示録11-12

[7日目]
ルカ11-19 / 使徒17-19 / 1テサロニケ5、2テサロニケ1-1-3、1テモテ1-6、2テモテ1-4 / 黙示録13-14

[8日目]
ルカ20-24、ヨハネ1-3 / 使徒20-22 / テトス1-3、ピレモン、ヘブル1-10 / 黙示録15-17

[9日目]
ヨハネ4-10 / 使徒23-25 / ヘブル11-13、ヤコブ1-5、1ペテロ1-3 / 黙示録18-19

[10日目]
ヨハネ11-21 / 使徒26-28 / 1ペテロ4-5、1ヨハネ1-5、ヨハネ、3ヨハネ、ユダ / 黙示録20-22

[1日目に戻る]

今年一年もありがとうございました。来年は共に益々、みことばと一体となっていきましょう。
良き年末年始をお過ごしください。そして、2020年がたくさんの報いを受け取る一年となりますように。

■P:祈り
イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン。
今日も私を愛してくださる天のお父さん、あなたの恵みを感謝します。放っておくと肉の性質に流され、滅びへと向かってしまう私を、みことばの光によって永遠のいのちへと導いてくださることを感謝します。
どうか、私の泉をひらいてください。あなたから流れ出るいのちの水の川が、私の腹の奥底から流れ出ますように。
忙しさや、体調など、様々なことに理由をつけ、みことばを第一にしていなかったことを悔い改めます。赦してください。今日から、みことばをあふれるほどに蓄えることを決心します。
時が良くても悪くても、自分のたましいにみことばの種を蒔き続けることができますように。
人に言われたからではなく、イエス様がまず、はじめに私を愛してくださった事の応答として、みことばを読み続ける事ができますように。
これからもなお、神様の恵みにより頼んでいきます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しゅん 】

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