■S:今日の聖書の言葉
ヨハネによる福音書21章18~19節

★まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」
これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現すかを示して、言われたことであった。こうお話しになってから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」

■O:今日のコラム
私たちは、幼いクリスチャンの時には自分でビジョンを抱き、自分の価値観とこだわりを強く握りながら生きていきます。しかし、成長すればするほど私たちは自分の力では生きていけないし、自分の力で生きて行きたくないと思うようになって行きます。それは自分ではなくキリストという生き方、自分に信頼するのではなく主により頼む生き方になっていくということです。それゆえに両手を主に上げて祈る者となって行きます。
 
これは不自由のようでとても自由な生き方、平安な生き方です。弱々しいようで最も力強い生き方であると信じます。
 
そうして成長していくと、祈りの場を離れても、自分がしたい事をする生き方ではなく、状況的なものに安息を見いだせない環境に放り込まれ続けるような生活、様々な状況に自分を絶えず死に渡すような経験にドンドン引き込まれて行きます。
 
しかし、神に対する誠実さ、忠実さのゆえに自分の中で何かが死んでいく度に、自分の中で新しく栄光によみがえる部分があるのです。人は御心に従って死んでこそ栄光によみがえっていきます。この聖句を見ても死と栄光はセットです。
 
神に従えない心を見出す度に十字架にその心を打ち付け、神の力により頼むのです。信仰は、自分の頑張りにかかっているのではなく、神の力にかかっています。愛によって忠実さを選び取るならば、必ず栄光によみがえり、新しい創造にあずかっていくのです。

「それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、神の力にささえられるためでした。」(1コリ2:5)

「キリスト・イエスにあっては、割礼を受ける受けないは大事なことではなく、愛によって働く信仰だけが大事なのです。」(ガラテヤ5:6)

「割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。」(ガラテヤ6:15)

■A:考えてみよう
自分の行きたくないところに連れて行かれるような生き方、自分を捧げても主に対する忠実さを選ぶ生き方をするためには、両手を上げて神に祈る時間を聖別して持つことがなければ成り立ちません。

毎日、時間を聖別して神に捧げて祈りましょう。神を愛し生きていくためには、毎日の主との親密な交わりの時間がどうしても必要です。異言での祈りは特に重要です。

■P:祈り
主よ。あなたにより頼みます。あなたは我が力、私の道であり真理でありいのちです。あなたに愛をもって従う者にならせてくださいますように。あなたを愛さない心があるならばはっきり示してください。それを十字架に付けて手放すことができることを感謝いたします。

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】

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一つのコメント


  1. 福島理花 より:

    アーメン

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