■S:今日の聖書の言葉
エズラ記7章1節

★これらの出来事の後、ペルシヤの王アルタシャスタの治世に、エズラという人がいた。このエズラはセラヤの子、順次さかのぼって、アザルヤの子、ヒルキヤの子、

■O:今日のコラム
シャローム! 御国が来ますように!

ユダヤ人が聖書の中の偉人とは、と聞かれる時、ほとんどの場合、「エズラ」の名前が真っ先に挙げられるそうです。

この7章からようやくこの書簡のタイトルの「エズラ」が登場します。

7章1~6節はエズラの自己紹介が記されていて、
「律法に通じている学者」(エズラ7:6)
「主のおきてに精通した学者」(エズラ7:11)
とあるように、エズラが御言葉に通じている者であることが分かります。(詩篇119篇もエズラが記したのでないかとする人が多くいます)

6章から7章を読むと、すぐにエズラがバビロンからエルサレムに帰還したように思いますが、時代の流れを見ると、

B.C.515
神殿がいよいよ完成し、過越の祭りを喜び祝う(エズラ6章)

B.C.486-465
アハシュエロス王、ユダヤ人絶滅の危機から救った「エステル記」

B.C.458
エズラ、エルサレムへ帰還(エズラ7章)

このようになっており、6章終わりから7章1節の「これらの出来事の後」に至るまでの期間は57年。約60年空白期間がありました。エズラの年齢は聖書に記されておらず、この空白期間いったい何をしてエズラは過ごしていたのか疑問に思います。

エズラが帰還した時、民は神から離れ、堕落していってしまいました。神殿があるにも関わらずです。エズラは帰還してから主に2つのことを手がけました。

神の戒め(トーラー、律法)を回復すること(7:10)
神殿で仕える者、レビ人(礼拝者)を回復させること(7:13)です。

諸説あると思いますが、私は約60年の空白期間、エズラはバビロンという場所にいたとしても、御言葉に精通するために多くの時間を費やし、自分自身に御言葉を教え、自分を御言葉によって訓練する場に置き続けたからこそ、2つの回復に歩むことが出来た、心が定まっていたのではないかと思います。

「エズラは、主の律法を調べ、これを実行し、イスラエルでおきてと定めを教えようとして、心を定めていたからである。」(エズラ7:10)

■A:考えてみよう

「主の御手が彼の上にあったので」(エズラ7:6)

「彼の神の恵みの御手が確かに彼の上にあった」(エズラ7:9)

「主の御手が私の上にあったので」(エズラ7:28)

御言葉を自分に教え学ぶことも、従うことも、また、人に教えることも、全てが神の恵みの中で、神の御手により可能になることです。

その神の御手に、神の偉大な恵みに信頼し、日々自分のたましいに御言葉を語り、教え、御言葉に歩む。御言葉によって自己発電をすることが出来ますように。また、御言葉を聞き、学び、人に教える、弟子を建て上げていくものとして成長していくことが出来ますように。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈り致します。アーメン。

【 まなくぼ 】

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