■S:今日の聖書の言葉
エペソ人への手紙4章14節

★それは、私たちがもはや、子どもではなくて、人の悪巧みや、人を欺く悪賢い策略により、教えの風に吹き回されたり、波にもてあそばれたりすることがなく、

■O:今日のコラム
エペソ1章から3章までは「知る」ことが念頭に置かれています。神を知るための知恵と啓示の御霊が与えられるように、パウロは祈りました。イエス様を知ること、そしてこのお方にあって私たちに与えられている霊的な富について話していました。

4章から6章においては、このような霊的な富にしたがって、聖徒たちがどのように歩み、教会が建て上げられていくのか、この世にあって実際にどのように生きていけば良いのかが記されています。

「キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。」(エペソ2:6)

赤ちゃんが座ることを経て、立ち上がり、歩きだすように、私たち一人ひとりは、霊的な領域においてキリストとともによみがえらされ、キリストとともに天の御座に「座っている」ものたちです。私たちがキリストにあって何者であるか、を知ることなしに、実際に「歩き始める」ことは困難なのです。

「生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。」(1ペテロ2:2)

「心に神のみおしえがあり、彼の歩みはよろけない。」(詩篇37:31)

私たち、神の子どもたちを成長させ、その歩みを確かなものとするのは「御言葉」です。今日の御言葉にある「教えの風」が、神の子どもたちの成長をとどめ、その足取りをふらつかせます。もっというならば、どれほどに自ら進んで御言葉に向かっているか、ということにあるかもしれません。

「初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、」(1ヨハネ1:1)

私たちに必要なのは、新しいことではありません。初めからあるものです。

「御言葉の朗読」「祈り」「聖餐式」「悔い改め」「第一と第二の戒め」…御言葉に書かれていること、神様が命令された戒めを、どれほどに尊んでいるでしょうか。このような、地味で地道と思える歩みの中に宝を見つけ出すなら、私たちの霊的成長は、教えの風に吹きまわされることなく、確かなものとなることを信じます。

■A:考えてみよう
先日行われたセミナーで「祈るための祈り」をする大切さを学びました。日々の生活の中で「詩篇の祈り」「静まる祈り」をもちましょう。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 こばあい 】

カテゴリー: マナメール

オンライン献金はこちらから。

大きな額の献金は手数料の少ない口座振り込みをお勧めいたします。

オンラインサポートの手順

Comments are closed.

  • 最近のコメント

  • 新宿シャローム教会 大久保会堂


    〒169-0073 東京都新宿区百人町1-23-24アミューズ大久保ビル2F
    TEL 03-3371-7558
  • アーカイブ

  • カテゴリー