■S:今日の聖書の言葉
マタイによる福音書7章21~23節

★わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。
その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇跡をたくさん行ったではありませんか。』
しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』

■O:今日のコラム
主を信じる聖徒たちには、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威が与えられています。ですが、イエス様は、「悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。」(ルカ10章20節)とおっしゃられました。

イエス様の名によって預言をしたり悪霊追い出しをしたり奇跡を行うことは、重要なことです。しかし、だからといってそれによって私たちの名が天に記されているという保証にはならないのです。偉大な奇跡、預言、力あるわざが私たちに救いをもたらすわけではありません。

先日、解放のミニストリーの教役者として長年奉仕してきたアメリカの牧師の記事を、ある姉妹が紹介してくれました。

あらゆる傷、精神的な病、霊的束縛の中にある人々が解放を求めて、全国から彼のもとにやって来ました。人々を苦しめる悪霊をイエスの御名によって次々に追い出していくので、解放された人々は口々に言います。「あなたの持つ力と権威はすごいです。サタンがあなたを本当に怖がっていますよ」と。

彼のミニストリーによって大勢の人が解放され、状態が良くなっていきました。それなので、彼は自分のミニストリーが人々を助けていると信じていました。しかし、絶え間なく彼の助けを必要とし、問題を抱えた人々が彼の精神的・霊的エネルギーを絞り取っていくので、彼は燃え尽き寸前の中にありました。

ある時、彼の提供するあらゆるミニストリーを受けたにも関わらず、問題が解決されない女性から、「あなたは出来損ないのカウンセラーだ」と言われ、彼は、「ああ、もう自分には無理だ」と落胆し、神に向かってこう叫びました。「ああ主よ、私は本当にこの女性を助けたいのです。私はこれまで彼女のために祈り、具体的な方法で助け、悪霊を追い出してきました。本当に自分にできる限りの最善を尽くしてきました。でももうだめです。どうしたら良いのか私に答えをください…」

その祈りに対する答えが、みことばを通して与えられました。

「主のしもべが争ってはいけません。むしろ、すべての人に優しくし、よく教え、よく忍び、反対する人たちを柔和な心で訓戒しなさい。もしかすると、神は彼らに悔い改めの心を与えて真理を悟らせてくださるでしょう。それで悪魔に捕らえられて思うままにされている人々でも、目ざめてそのわなをのがれることもあるでしょう。」(2テモテ2:24~26)

彼はこのみことばを読んでショックを受けました。サタンに束縛されている人々は、神が彼らに悔い改めの心をお与えになってこそはじめてそこから脱出出来るというのです。

以前、彼が持っていた見解では、もしも人々の内に変化が起こらないなら、それは、自分が未熟なカウンセラーだから、十分なカウンセリング手法でないから、その人が私の霊的指導に従っていないから、などと考えていました。しかしそうではなく、もし神が彼らに「悔い改めの心」をお与えになるのなら、彼らは悪霊から逃れることができるのだと悟ったのです。

神が人々をサタンの束縛から解放する手段は「福音そのもの」であると悟って以来、彼は忍耐をもって人々に真理を教えるようになりました。「福音」こそが、最も深刻な問題の中にいる人、霊的束縛の中に居る人、罪の中にいる人々を解放することができると分かったのです。それ以来、彼は、人々に悔い改めの必要を説き、神を信頼し主の恵みによって神に従うよう指導し始めました。彼は、人に信頼を置かせるような偉大なミニスターではなく、福音を通し、神のみに信頼を置く、福音伝道者へと変えられました。

長くなりましたが、彼の証しを通して、悪霊追い出し、奇跡、預言…などはとても重要ですが、もし悔い改めないなら、私たちが罪の束縛から完全に解放されることはないということを学びました。

その日、大ぜいの者が、イエス様に言うでしょう。「主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇跡をたくさん行ったではありませんか。」と。

しかし、「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。」とイエス様が言われたように、本当に大切なことは天におられる父のみこころを行う者となることです。

最後に。この記事を紹介してくれた姉妹がこのように言っていたのが印象的でした。
「私は、立派なことはできなくても、いつも神様に従って、愛のある普通の人になりたい」

山上の垂訓は、いつも私たちに本当に大切な事を教えてくれます。

■A:考えてみよう
山上の垂訓を朗読し、心に刻み、行うことができるように祈りましょう。

■P:祈り
愛する父なる神様、どうか、偉大なわざではなく、人々に賞賛されることでもなく、山上の垂訓にある、父のみこころの一つでも行うことができますように。
父の目に尊く、父の目に覚えられる行いをしていくことができますように。

愛するイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ひさえ 】

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