■S:今日の聖書の言葉
ローマ人への手紙11章36節

★というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。

■O:今日のコラム
今日の箇所はすべてのことを集約するような箇所です。

文字通り、すべてのことが神から発し、神によって成り、神に至ります。この御言葉を握って祈りましたが、その祈りの中で何度も何度も示されるのは、私の肉の性質として「自分から発し、自分によって成り、自分に至る」というものがあるということです。

恐ろしく、そんなことはないと思いたいですが、事実それがあることを認めざるを得ません。影響力を持って進みたい、自分の力や行いで事を成していく、評価を得たいなど「神」の部分を「自分」に置き換える肉の性質が私の中にはあります。

またこの箇所から学ばされるもう一つのことは、私の計画や人生が中心ではなく、あくまで神のご計画が中心であり、私は神のご計画に入れていただく者であるということです。私たちは神のために存在しています。

「私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。」(1コリント8:6)

神は初めであり終わりなるお方、すべては神の主権の中にあり、そこに私たちが入る余地は本来ありません。しかし主は私たちをあわれみによってご自身のご計画の中に招いてくださいました。そしてそれだけでなく、主と一つになるという何にも比べることのできない恵みに私たちを至らせてくださるのです。

すべてのことが神から発し、神によって成り、神に至るのであれば、私たちはどうしたら良いのでしょうか。

「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」(ローマ12:1)

この箇所には、「そういうわけですから」と書かれています。これは前の箇所を受けて書かれています。つまり、すべてのことが神から発し、神によって成り、神に至るのだから、あなたがたのからだを捧げなさい、ということです。

完成させてくださるのは主です。ですから主は私たちに自分自身を捧げることを願っておられます。

「平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます。」(1テサロニケ5:23~24)

「あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。」(1ペテロ2:21)

■A:考えてみよう
「神」ではなく、「自分」から発し、成らせ、至らせようとしていることはないだろうか。

表や口では神のためと言いながら、神様また御言葉を自分の都合に合わせようとしていないだろうか。

「イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」(ルカ9:23)

■P:祈り
愛する神様、今日もあなたの御名をあがめます。あなたの御言葉をほめたたえます。あなたの愛が今日も注がれていることを感謝します。
主よ、すべてはあなたから始まり、あなたによって成り、あなたに至ります。どこにも私が入る領域は本来ありません。しかしあなたが私を招き、あなたと一つになるという言葉では言い尽くせない喜びと恵みに導いてくだっていることを心から感謝します。すべてを完成されるのは主ですから、私は自分自身をただあなたに捧げます。どうぞ自我を今日も砕き、ますます私をキリストの似姿へと造り変えてください。

愛する主イエスキリストの名によって祈ります、アーメン。

【 たくみ 】

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