■S:今日の聖書の言葉
ローマ人への手紙7章24節

★私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるでしょう。

■O:今日のコラム
私は看護学科を卒業し、在学中様々な領域を学びましたが、その中で特に小児を専攻し重荷を持ちました。たくさん勉強し、真剣に向き合ったこの領域の実習が、最も悩み、葛藤し、それと同時に一番大きな達成感を得たことを思い出します。葛藤を覚えるのはそれだけ真剣に向き合っている証拠だと思います。

ローマ8章は、福音の頂点と言われる程のたくさんの啓示がつまった箇所であり、8章を山の頂上だとするならば、その前にはこの7章の谷を通る必要があることを先日のメッセージの中で牧師先生がおっしゃっていました。

この7章には、パウロの葛藤が正直に記されています。書かれている文字の律法を学んでもそれでは生きることができないことや、肉の性質と神に従いたい願いとが自分の中で争い、自分の中に解決がなく、主に解決があることに行き着くのです。まさにパウロが真剣にみことばに向かい続けた姿であると思います。今回この姿に深く感動を覚えました。

もし、言われていることを聞くだけで、何の疑問も持たない、実行しないままにとどまっているならば、神様がおっしゃりたいことのほんの少ししか悟ることができず、聖書の表面を読むことでストップしてしまうのではないでしょうか。

そして、みことばを実際に聞いても、そのような態度では、葛藤や疑問を持つようなみことば、自分を揺るがすようなみことばは右から左に流れていき、葛藤を持つことさえもないのではないかと思います。

これは、みことばに向かっているように見えて、最終的に現れるものは自分自身であるパリサイ人の姿に重なります。

「それは、『彼らは確かに見るには見るがわからず、聞くには聞くが悟らず、悔い改めて赦されることのないため』です。」(マルコ4:12)

今の時代は簡単に聖書のメッセージを聞くことができますし、学びの機会やたくさんのセミナーがあることを感謝します。それらは私たちの助けや励ましになりますし、特に主が立ててくださった牧者のみことばの中で養われることは当然必要なことです。

しかしすべてのメッセージは語る方がみことばに向き合う中で生まれたものですから、聞く者はその結果の真理は受け取ることができても、そのプロセスを通ったわけではないのです。

ですから、How toを得ようとするのではなく、また誰かが与えてくれる教えだけにとどまるのではなく、自分自身がこのみことばと向き合っていくことを怠ってはならないのです。

私自身、みことばを朗読し、祈り、このみことばを黙想して調べ深め、生きるというシンプルな道へと導かれていますが、その道に生きる楽しさを少しずつ味わっています。ただ読むだけという行いに満足したり、みことばから派生したことの適応に心を留めるのではなく、純粋なみことば自体を求めていくのです。

トーラーはヤーラーから出てきている言葉です。このヤーラーは「的」という意味があり、神の戒めなるトーラーは「イエスキリスト」という的に向かっていくものなのだということを以前に学びました。また、聖書はすべてイエスキリストについて書かれたものであります。(ヨハネ5:46)

真剣に向かう中でほかの誰でもなく自分自身がイエス様を見いだすものとされるのです。

「幸いなことよ。日々わたしの戸口のかたわらで見張り、わたしの戸口の柱のわきで見守って、わたしの言うことを聞く人は。なぜなら、わたしを見いだす者は、いのちを見いだし、主から恵みをいただくからだ。」(箴言8:34~35)

「もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。」(エレミヤ29:13)

パウロが葛藤を経て偉大な真理なるイエス様を悟るに至ったように、私たちもみことばに向かう中では忍耐が必要であり、すぐにイエスキリストを見いだすことはできないかもしれません。何度も読んでは祈り、黙想し、そして葛藤を通るでしょう。 私たちは、何か約束の成就を見るために忍耐という言葉を用いますが、そもそもみことばに向かうこと自体に忍耐が必要なことをひしひしと感じています。

しかし何度も何度も向かっていく姿はイエス様を愛することであり、そのような者に主ははさらに深く近く出会ってくださいます。まさに雅歌に描かれる花嫁の姿です!

真理の御霊が私たちをイエスキリストへと導く助けをしてくださり、真理を啓示し、いのちへと導いてくださることを感謝いたします。

■A:考えてみよう
知って満足しておしまい!聖書読んでるから大丈夫!など、なんとなくみことばに向き合っている風になってはいないでしょうか。もちろん、みことばを聞き、聖書を読むことの習慣作りから始まります!しかし、もう一歩ずつ日々進んでいきたいと願います。

生きる上での葛藤ではく、みことばに向き合う上での葛藤を通ることを主にあって共に決心しましょう!自分自身がみことばに向き合っていく者となることができますように。

みことばを毎日多読していますが同時に、祈り、吟味し、自分自身がみことばからイエス様を悟っていくことができますように祈り求めていきましょう。

■P:祈り

愛するイエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 ゆうこ 】

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