■S:今日の聖書の言葉
使徒の働き28章31節
★大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。
■O:今日のコラム
イエス様と出会ったパウロは人生が180度変わりました。それまで価値があると思っていた地上のあらゆるものを、イエスキリストを知っていることの素晴らしさのゆえに、それらのものは「ちりあくた」であると言っています。
パウロにとってはイエスキリストを得ている事が全てだったのです。こうしてパウロは殉教するその日まで、イエスキリストが主であることを大胆に証しし続けました。
私たちの人生において一番重要な事はイエス様と出会い、イエス様を自分の主とすることです。イエス様の十字架の愛を知る時に、人は初めて自分の存在理由に気づく事が出来ます。
神様を知らない多くの人々がなぜ自分が生きているのか、生きる意味が解らないままでいます。しかし、先に恵みによって救われた私たちは、まだ神様の事を知らない人々にイエス様の素晴らしさを伝える事が出来るのです。
その為には、伝える私たちがイエス様の素晴らしさに絶えず感動している必要があります。その感動の源はどこにあるのでしょうか?それはイエス様の十字架にあります。
聖霊様が御言葉によって罪を示し、私たちを十字架に導いてくださいます。そして、イエス様が流された血潮によって悔い改め、罪の赦しを体験する時に感動がやってきます。その感動をもって人々にイエス様の素晴らしさを証しするのです。
私たちは毎日イエス様の十字架が必要です。自分の罪深さを知る時に、もはや十字架が無ければ一歩も進むことは出来なくなります。
悔い改めは決して楽なものではありませんが、悔い改めを通して日々イエス様の十字架の恵みを体験していきましょう。十字架の恵みを日々体験するならば、パウロのように大胆にイエス様の事を宣べ伝える事が出来るようになると信じます。
今日も一日、皆様の上にイエス様の豊かな恵みがありますようにお祈りします。
■A:考えてみよう
イエス様の十字架に絶えず感動を覚えているでしょうか?
今一度、自分にとってイエス様の十字架はどのような関係があるのか考えてみたいと思います。
■P:祈り
天のお父様、御名を賛美します。イエス様の十字架の贖いを感謝します。私の罪の為にイエス様は十字架にかかってくださいました。私の心の中にある十字架を必要としない性質を赦してください。絶えずイエス様の十字架の恵みを体験させてください。
愛するイエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン。
【 あきひろ 】
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