■S:今日の聖書の言葉
テサロニケ人への手紙第一1章3節
★絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。
■O:今日のコラム
信仰と希望と愛がここに出てきます。これは永遠に残るものです。永遠に残るもののために人生を使いたいのであれば、この三つを大切にすべきです。
1、信仰の働き
信仰は、概念や考え方にとどまるものではありません。信仰とは、生き方であり、行動を伴うものです。信仰という言葉はヘブル語でエメス、ギリシャ語でピステスですがそれはどちらも「信じる」「信頼する」「誠実」「忠実」という意味があります。
私はずっと「信じる」「信頼する」しか理解していませんでした。それ故に聖書が語っていることに多くの矛盾を感じていました。しかし、信じるなら行動に結びつくはずです。逆に信じているけど行わないとしたら、それはどちらかというと「信じていない」状態なのです。御言葉に対して忠実な行動を捧げることは、信仰が全うされている状態です。行動に至る信仰を持ちましょう。
2、愛の労苦
信仰に行動が伴うのであれば、愛には労苦が伴います。愛には喜びがあります、愛には情熱があります。しかし愛には労苦も伴うのです。労苦を払う覚悟をしましょう。愛には覚悟が重要なのです。主に祈り求めるなら、恵みによって愛する覚悟をする励ましが与えられていきます。
「このように、キリストは肉体において苦しみを受けられたのですから、あなたがたも同じ心構えで自分自身を武装しなさい。肉体において苦しみを受けた人は、罪とのかかわりを断ちました。こうしてあなたがたは、地上の残された時を、もはや人間の欲望のためではなく、神のみこころのために過ごすようになるのです。」(1ペテロ4:1~2)
3、主にある、望みの忍耐
約束のものを受けるためには、最後にどうしても忍耐することを求められます。その忍耐を持ち続けるために重要なことは希望を持つことです。逆に希望を持っているなら忍耐は容易になるのです。
報いのない我慢大会は、みんなすぐ諦めますが、1億円の賞金がかかった我慢大会なら多くの人が喜んで忍耐するでしょう。まして、主にあって私たちの抱いている望みは1億円など比べものにならないほどの富、まことの富です。それは万物に上におられる御子イエス・キリストです。
自分がこの三つに進むことが第一です。そして人がしたこの三つも永遠に残るのですから、これを覚えることが大切です。
私たちは人のした悪をいつまでも覚えやすいのです。どれだけその人が自分に良いことをしてくれても、一つ、自分が傷つけられる行為をされたらその人に対する評価は「あの人は悪い人」となってしまいやすいのです。
実はそれは神の性質ではありません。主は私たちのしたコップ一杯の水をあげたことさえも忘れずに覚えておられる方であり、私たちのした悪を、十字架を通して後ろに投げやってくださる方なのです。してもらった良いことを何一つ忘れないのが神なのです。
■A:考えてみよう
信仰の働き、愛の労苦、希望の故の忍耐を持ちましょう。そして、人のした悪を思わず、もし頭に浮かんだら積極的に後ろに投げやってしまいましょう。赦す力を神に求めて祈りましょう。そして人のしてくれた良いことの故に感謝しましょう。
■P:祈り
人のした悪を思わない、あなたの御名を褒め称えます。そして私のした良いことを一つももらすことなく覚えておられる主を褒め称えます。私もあなたのしてくださった良いわざの核心、十字架を覚えます。生かされていることを感謝いたします。また私は、家族や友人が私にした悪を覚えません。それらを後ろに投げやります。家族、友人が私にしてくれた良いことを覚える私とならせてください。そうなることを感謝いたします。
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 まじまこ 】
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