■S:今日の聖書の言葉
詩篇121章3節

★主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。

■O:今日のコラム
詩篇120~134篇は、「都上りの歌」と呼ばれています。これらは、1年に一度の祭りのために神殿へと旅した(上った)人たちによって歌われました。それぞれの詩篇が、旅の「歩み」であります。

この詩篇121篇は、日夜の神様の守りに対する希望と確信を歌っています。山々を造られ、この天地を造られた神様は、全能であるだけでなく、私たちをいつも見ておられ、私たちを見守っていてくださるお方です。

「しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。」(ヘブル7:24~25)

「御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。 」(ローマ8:26)

私たちが起きている時も、眠っている時にも、大祭司なるイエス様は、私たちのうちに住まわれる聖霊様は、眠ることなくまどろむことなく私たちをとりなしてくださっています。

「シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(ルカ22:31~32)

「祈りを聞かれる方よ。みもとにすべての肉なる者が参ります。咎が私を圧倒しています。しかし、あなたは、私たちのそむきの罪を赦してくださいます。」(詩篇65:2〜3)

ペテロがふるいにかけられることがゆるされたように、時に私たちが誘惑や試練、葛藤を通ることを神様はゆるされます。なぜなら、自分の力で歩んでいくのではなくて「神様に信頼すること」を選んでほしいからです。

私たちが何か立派になってから神様の前に行くことを、神様は望んではおられません。私たちはどこまでいっても肉であり、弱さと罪の性質が生きる限りまとわりついてきます。しかし、詩篇の筆者が書いたように、それでもなお愛し、赦してくださる主の前に、すべての自分でつづり合わせたイチジクの腰覆いを外し、裸で主の前にいつも出ていきたいと願います。

またサタンはハエの王であり、私たちが神様の道に歩むことを、どこまでもしつこく阻もうとしてきます。しかし私たちは完全なる神様の主権に信頼し、完全な主のとりなしに信頼して、イエス様の似姿に造り変えられ続けることを目指して歩むことができますように。

■A:考えてみよう
・弱さを覚える時、どのように祈ったら良いかわからなくなった時、大祭司イエス様、聖霊様の完全なとりなしに信頼することができますように。

・今がどのような時かを悟り、イエス様が戻って来られることを日々待ち望み、目を覚まし、主ご自身が祈っておられるように、私たちも自ら、祈りの生活に身を置き続けることができますように。

・試練が来るときに、それをこの上もない喜びとし、いつも喜び、絶えず祈り、全てに感謝する歩みでありますように。

「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」(ピリピ4:6~7)

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」(第一テサロニケ5:16~18)

「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。」(ヤコブ1:2)

「万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。」(第一ペテロ4:7)

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 あい 】

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