■S:今日の聖書の言葉
ヨハネの黙示録7章14節
★そこで、私は、「主よ。あなたこそ、ご存じです」と言った。すると、彼は私にこう言った。「彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊の血で洗って、白くしたのです。
■O:今日のコラム
黙示録7章14節以降の御言葉を読む時に、イエス様の御側で過ごす永遠の御国を夢見て、胸が高鳴ります。
また、この7章にも出てきますが、黙示録では「小羊なるイエス様」の姿が多く描かれています。小羊なるイエス様が血潮を流してくださったこと、大牧者なるイエス様がどこまでも私を導いてくださる羊飼いであること、それらを覚える時、私ではなくイエス様にフォーカスが充てられます。ほふられた小羊、私の救い主、花婿なるイエス様に、心からの感謝と賛美、また愛と信頼が溢れてきます。
「イエス様の血潮を宣言する祈り」のテキストに「私の体と衣にイエス様の血潮の力を宣言します」という宣言文があります。今日の箇所にもありますが、大きな患難から抜け出て来た者たちの特徴は、その衣を小羊の血で洗って白くした者たちだということです。
創世記では、神様の栄光を身にまとったアダムとエバは裸でした。罪が入り2人の目は開かれ、裸の恥を隠そうと葉っぱで腰を覆いますが、神様は皮の衣を着せてくださいました。
「このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。」(創世記3:7)
「神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せてくださった。」(創世記3:21)
イザヤ書では、私たちの義は不潔な着物のようであると書いてあります。
「私たちはみな、汚れた者のようになり、私たちの義はみな、不潔な着物のようです。私たちはみな、木の葉のように枯れ、私たちの咎は風のように私たちを吹き上げます。」(イザヤ64:6)
ルカの福音書では、放蕩息子に新しい衣を着せてくださったお父さんの姿が描かれています。
「ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。」(ルカ15:22)
黙示録では、あなたの裸の恥を現さないために着る白い衣を買いなさい、と書いてあります。
「わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で精錬された金をわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現さないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい。」(黙示録3:18)
イエス様がもうまもなく来られる終わりの時に生かされている私たちは、黙示録に続けて書かれている通り、日々の生活の中で熱心に悔い改め、古い人を脱ぎ捨てること、そして今日の箇所にもある通り、イエス様の血潮を宣言し、今まで一度も罪を犯さなかったかのように私を義と認められる義の衣を、イエスキリストという新しい人を着る必要があることを覚えます。
その中で私たちの歩みは造り変えられ、花嫁が着るきよい麻布の衣である、聖徒たちの正しい行いに生きる歩みが回復していくことを信じます(黙示録19:8)。
■A:考えてみよう
・この教会が、あの牧師先生がこう言っているから、ではなく「キリスト者としてのゴール」を個人的な神様との関係の中で、御言葉から明確に握っているだろうか。
・花婿イエス様をお迎えすることを何よりもの喜びとし「終末信仰」を持って生きているだろうか。
・患難から抜け出てきた者たちの特徴は何か。
・自分の力や自己義により頼む、いちじくの葉や汚れた着物を着ていないだろうか。
・今日私が信頼を置くフォーカスは「イエス様以外のもの」か「イエス様」か、どちらに充てられているだろうか。
■P:祈り
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 あい 】
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