■S:今日の聖書の言葉
士師記11章29節

★主の霊がエフタの上に下ったとき、彼はギルアデとマナセを通り、ついで、ギルアデのミツパを通って、ギルアデのミツパからアモン人のところへ進んで行った。

■O:今日のコラム
エフタの上に主の霊が注がれ、主はアモン人をエフタの手に渡され、見事にアモン人を屈服させることに成功しました。しかし、エフタは神様の前に自分勝手な誓願を立ててしまっていたがゆえに、自分の娘を生贄として捧げることになってしまたのです。

なぜ、このような悲劇的な事が起きてしまったのでしょうか?この出来事を通して、私たちはどのような教訓を得ることが出来るのでしょうか?

この悲劇の原因として考えられることは、エフタは神様の御言葉(律法)を知らなかったが為に、このような悲劇を身に招いてしまったのだと考えられます。次の御言葉にこのように書かれてあります。

「また、あなたの子どもをひとりでも、火の中を通らせて、モレクにささげてはならない。あなたの神の御名を汚してはならない。わたしは主である。」(レビ記18:21)

人間を生贄として捧げることを神様は禁じています。エフタが人間を生贄とすることによって誓願を立てたこと自体が間違いだったのです。それでいて、エフタは次の律法の戒めには忠実でした。

「あなたがたは、わたしの名によって、偽って誓ってはならない。あなたの神の御名を汚してはならない。わたしは主である。」(レビ記19:12)

確かにこの御言葉には「偽って誓ってはならない」としっかり書かれてあります。エフタはこの御言葉に対しては忠実に従いました。しかし、先の御言葉を知らなかったが為に、このような悲劇を招く結果になってしまったのです。

新約の時代に生きる私たちにとっても、この事は大きな教訓となります。エフタのように、主に対する熱心さだけあっても、御言葉を知らず、御言葉を土台としていなければ、神様の御心を行うことは出来ないのです。或いは、神様の御心だと思って行動していても、実は神様を悲しませてしまっているかも知れないのです。

エフタの上には主の霊がありました。主の霊がいくら注がれているからと言って、御言葉を知っているとは限らないのです。ですから、御言葉の土台の上に、主に対する情熱、熱心さがあるならば、大いに主の御心を行うことが出来るということなのです。

私たちも恵みによって聖霊様が内住してくださっています。聖霊様は私たちに主に対する熱意、様々な賜物、大胆さなど、あらゆる良きものを与えてくださいますが、もし御言葉を知らずして、勢いだけで動いてしまうならば、時に大きな失敗をしてしまったり、神様の御心と真逆のことをしてしまうこともあり得るのです。

今一度、私たちの内側に、主の霊である聖霊様が内住してくださっていることの厳粛さを覚えつつ、御言葉によって聖霊様に導かれていくことを心がけたいと思います。

今日も1日、皆様の上に主の豊かな恵みがありますように。

■A:考えてみよう
私たちのしようとすることが、御言葉に基づくことなのか?それとも、自分の熱心さだけが動機となっているのか?今一度心を吟味していきたいと思います。そのためにも、継続して日々の御言葉の朗読を実践していきたいと思います。

旧約時代は限定的に主の霊が人に注がれましたが、今の終わりの時代、イエスキリストを信じる全ての人に聖霊様が注がれます。何と恐れ多いことでしょう。

聖霊様は御言葉に働かれるお方です。私たちに御言葉を理解させ、御言葉を実行する力を与えてくださいます。この機会に今一度、聖霊様の働きについて考えてみたいと思います。

■P:祈り
天のお父様、御名を賛美します!私の内に聖霊様がおられることを感謝します。私に御言葉を読む力、また御言葉を実行する力をください。何が神様の御心であるかを悟る知恵をください。あなたの十字架の偉大な愛を感謝します。ただ、イエス様だけに栄光が捧げられますように!

愛するイエスキリストの御名によってお祈りします。アーメン。

【 あきひろ 】

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