■S:今日の聖書の言葉
ローマ人への手紙4章20~22節
★彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって神に栄光を帰し、神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。
■O:今日のコラム
今日の箇所はアブラハムの例を元に、信仰によって義とされることについてパウロが説明しています。
アブラハムは創世記12章において神の約束を受け取ったのが75歳で、妻のサライは65歳でした。そして、創世記21章において実際に約束の子イサクが与えられたのはアブラハムが100歳、サラが90歳の時です。子が与えられるまでに実に25年かかっています。
最初に神の約束を受け取った時点でサラは既に65歳という高齢に達しており、サラは長年不妊の状態であったと聖書は語っています。人間的には絶望的な状況です。神の奇跡が無ければ不可能なことです。それでもアブラハムは主の御言葉を信じ続けたのです。信じるとは実際の行動をもって主に応答することです。
イサクが生まれる前年のアブラムが99歳のときに神が現れ、アブラムを通して「多くの国民の父となる」との契約を与えました。名前もアブラムからアブラハムになりました。この契約には割礼というしるしが要求されました。
「そこでアブラハムは、その子イシュマエルと家で生まれたしもべ、また金で買い取った者、アブラハムの家の人々のうちのすべての男子を集め、神が彼にお告げになったとおり、その日のうちに、彼らの包皮の肉を切り捨てた。」(創世記17:23)
ここでもアブラハムは信仰を働かせて神のことばに従順に従い、自分とアブラハムの家に属する全男子に対して、その日のうちに割礼を施したのです。
これは簡単なことではありません。アブラハムの神様に対する従順の姿勢が無ければ出来ないことです。アブラハムだけではなく、アブラハムの家の全男子も主人アブラハムの命令を通して神に従う必要がありました。
しかし、見事にアブラハムの家の男子は主人アブラハムの命令に従い割礼を受けたのです。このことを通して分かるのは、人々は主人アブラハムに対して従順に従う心を持っていたことがわかります。なぜなら、アブラハム自身が神様に完全に服従していたからです。
この割礼の出来事の翌年に、神は約束の子であるイサクを与えてくださいました。アブラハムの信仰の通りに事が成ったのです。神の言葉が地に落ちることなく神の栄光が現された瞬間です。
イエスキリストを信じる私たちも信仰によってアブラハムの子孫となりました。バプテスマを通して心の割礼を通してイエス様の救いの契約に入った者なのです。
神様は私たちに偉大な計画をお持ちです。私たちを通して国々を祝福したいと願っておられます。主がアブラハムに語られたように、私たちも御言葉から主の約束を受け取る必要があります。そして、受け取った御言葉を堅く握り、その御言葉の成就を見るまで祈り続けましょう。
イエス様をみごもったマリヤに対してエリサベツはこのように言っています。
「主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」」(ルカ1:45)
シンプルに主のことばを信じる者になっていきたいと思います。私たちの人生に主のことばが実現することによって主は栄光をお受けになります。
今日も1日、皆様の上にイエス様の豊かな恵みがありますように。
■A:考えてみよう
御言葉を通して神様からの約束を受け取っているでしょうか?
今一度自分に対する神様の約束について考えてみましょう。
■P:祈り
愛するイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
【 あきひろ 】
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