■S:今日の聖書の言葉
ヤコブの手紙4章6節

★しかし、神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます。ですから、こう言われています。「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」

■O:今日のコラム
へりくだりは主の目に、高価な真珠のように非常に価値のある品性です。真珠はたやすく出来るものではなく、貝に異物が入り、痛みの故に分泌液を出します。それはまるで貝の涙のようです。その涙に溶かされた異物が時間をかけて光輝く真珠となるのです。

へりくだりという品性も一瞬にして築くことが出来るものではありません。時間をかけ、時には痛みという道を経て一歩一歩培われて行く性質です。聖書の中には私たちに「へりくだり」を教える良き教師たちが存在しています。その中のひとりがモーセです。

モーセについて聖書にはこのように記されています。

「さて、モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙遜であった。」(民数記12:3)

彼の謙遜さは多くの苦難を通して築かれて行きました。特に民からの批判と訴えと、つぶやきの中で試され、彼は主の御前にひざまずき、ひれ伏し祈ることを通して主の御前に謙遜さを身につけて行ったのでした。

また謙遜において最も偉大な教師はイエス様です。イエス様は神の御子なる方だから、謙遜さを持つことは安易に出来たのでは無いか。と思うでしょうがそうではありません。イエス様ご自身もこの地においては多くの苦しみを経て謙遜と従順を学ばれました。

「キリストは、人としてこの世におられたとき、自分を死から救うことのできる方に向かって、大きな叫び声と涙とをもって祈りと願いをささげ、そしてその敬虔のゆえに聞き入れられました。キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって従順を学び、」(ヘブル書5:7~8)

モーセ、そしてイエス様が謙遜を身につけた歩みにおいて共通しているテーマは「主の御前にへりくだる祈りの姿勢」です。謙遜は主の品性なので主の御手の中でのみ整えられていきます。

また逆に高ぶりとはサタンの品性であり、主の御手から離れ、自分を高くする者の内に働く性質です。以下の御言葉を朗読して、高ぶりと、へりくだりについて思い巡らしましょう。

「高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ。」(箴言16:18)

「高ぶりが来れば、恥もまた来る。知恵はへりくだる者とともにある。」(箴言11:2)

「柔和な者(へりくだった者)は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから。」(マタイ5:5)

「同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。みな互いに謙遜を身に着けなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。」(第1ペテロ5:5~6)

■A:考えてみよう
上記の御言葉を朗読し、黙想し、心の内の高ぶりの要塞が砕かれ、へりくだりの品性が築かれて行くことを求めて切に祈りましょう。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 しんご 】

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