■S:今日の聖書の言葉
★「私が、『主よ。私はどうしたらよいのでしょうか』と尋ねると、主は私に、『起きて、ダマスコに行きなさい。あなたがするように決められていることはみな、そこで告げられる』と言われました。」
■O:今日のコラム
みなさんは何か途方に暮れたような経験はあるでしょうか。私も人生で何度か、本当に目の前が真っ暗になるような経験をしたことがあります。あるときには本当にどうして良いかわからず、本当に腰を抜かして立てなくなったような事もありました。
パウロもまた、そのような事柄、いや、それ以上のショッキングな出来事に遭遇した人物でした。パウロは手紙の中で自分のことを様々な形で紹介していますが、その中にこのようなものがあります。
「私は八日目の割礼を受け、イスラエル民族に属し、ベニヤミンの分かれの者です。きっすいのヘブル人で、律法についてはパリサイ人、その熱心は教会を迫害したほどで、律法による義についてならば非難されるところのない者です。」(ピリピ3:5〜6)
福音書の中で度々登場するパウロを始めとするパリサイ人とは一体どういうグループなのでしょうか。もともとはバビロンからの帰還後、律法を回復したエズラたちから出たグループです。
「ハシディム」といって、律法を厳格に守るグループです。彼らの多くは中級階級の人々で、シナゴーグ(会堂)に集まり、礼拝・教育をリードしていました。民衆にも親しみを持たれ、尊敬されていました。復活も御使いも霊的な存在も信じていました。また、きよめに関する律法も細かく守り、几帳面に十分の一を捧げていました。
これだけ書くと、なんと素晴らしい人たちだろうかと思いますが、やがてその熱心は隣人愛よりも律法を守ること自体にシフトしていってしまいます。人々からどう見られるかを気にし始めます。しかし、熱心さだけは残っていますので、どんどんと本来の目的からずれた方向にものすごい勢いで進んでいきました。
パウロはそのような中から出てきた者です。ピリピの3章6節にあるように、その熱心は教会を迫害したほどです。本来、神の戒めを命をかけて守ろうとしていた彼らの使命がずれてしまったのです。
私たちはどうでしょうか。熱心にみことばを読み、祈り、よく捧げ、善き行いに欠けることはないのですが、本質からずれてしまっていないでしょか。ソロモンの箴言にはこのようなみことばが書かれています。
「熱心だけで知識のないのはよくない。」(箴言19:2a)
どんなに頑張っていても、一生懸命していても、知識がなく、的外れのことをしているのであれば意味がありません。
パウロはダマスコの途上、イエス様に直接出会い、その間違いを指摘されました。今まで生まれてからずっと自分が信じ、熱心に行っていたことが逆に神様を悲しませていたという事実に気付かされたのです。そのときのショックはいかほどでしょうか。そこで出てきたのが今日のみことばの祈りです。
「主よ。 私はどうしたらよいのでしょうか」(使徒22:10a)
しかし、この正直な祈りがパウロの人生を変えます。ご存知の通り、教会を迫害する者から教会を全世界へ伝える者と変えられました。パウロの的が正しい方向に向けられたのです。
■A:考えてみよう
私たちの人生は的に向かって進んでいるでしょうか。今日のマナメールから、パリサイ人に関して思い巡らしてください。そして、自分の人生と比べてみてください。
私のセルグループのひとりの証を紹介します。
彼女は熱心に神に祈る人でした。祈る中で、「あなたは誰に祈っているのか」という声が聞こえたそうです。それから、彼女の中で恐れが生じ、祈ることができなくなったそうです。「自分は熱心にイエス様に祈っていたと思っていたのですが、実はそうではなく、自分にとって都合の良い神、つまり偶像に祈っていたと言うことを教えられたんです。」と証してくださいました。
恐れ、欲望など、自分の心の中のものが形になったのが偶像です。神様以外により頼むなら、全ては偶像になってしまいます。いつしか私たちは神様に祈っているつもりが、自分の心の中が作り出した神以外の偶像に祈っているということがないでしょうか。
みことばを読み、ひれ伏して祈る中でその事を神様から教えられたのなら、素直に自分の誤りを認め、パウロが祈ったように「主よ、私はどうしたら良いのでしょうか」と祈ってみてください。神様は必ずあなたに現れ、行くべき道を示してくださいます。
「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」(詩篇119:105)
■P:祈り
天のお父さん、あなたの遣わして下さった御子、イエス・キリストによって、私を罪の奴隷から解放してくださったことを感謝します。私の人生の主人はイエス様です。しかし、その人生を自分のものとしてしまっていたことを赦してください。
自分の欲望ばかりを神に願い求め、あなたの心を知ろうとしなかったことを悔い改めます。赦してください。いつも私の熱心があなたの願いと違った方向に言ってしまうことを認めます。
主よ、私はどうしたら良いのでしょうか。
あなたが与えて下さったみことば通りに私が歩めるように助けてください。あなたの願いどおりの道を歩んでいけるように、日々の糧を与えてください。知恵と啓示の御霊を与え、神を知ることができるように助けてください。
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 しゅん 】
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