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■S:今日の聖書の言葉
創世記26章2節

★主はイサクに現れて仰せられた。「エジプトへは下るな。わたしがあなたに示す地に住みなさい。

■O:今日のコラム
シャローム!御国が来ますように!

最近「トダーの生活」というヘブル的思考で御言葉を黙想するテキストを用いて御言葉を読むことを私自身が取り組んでいます。

「神は仰せられた。『光があれ。』すると光があった。」(創世記1:3)

創世記1章3節で神様は「光があれ」と仰せられました。ここで使われているのは命令型動詞です。今日の箇所、創世記26章2節の「仰せられた」と同じ言葉です。

神様が「~あれ」と仰せられた時、自然は従いました。私たち人間も神様からの仰せ「~しなさい」という命令型の御言葉に聞き従っているでしょうか?

「そしてわたしは、あなたの子孫を空の星のように増し加え、あなたの子孫に、これらの国々をみな与えよう。こうして地のすべての国々は、あなたの子孫によって祝福される。これはアブラハムがわたしの声に聞き従い、わたしの戒めと命令とおきてとおしえを守ったからである。」 (創世記26:4~5)

創世記26章4~5節には祝福が約束されています。

「あなたがあなたの神、主の御声に聞き従うので、次のすべての祝福があなたに臨み、あなたは祝福される。」(申命記28:2)

申命記の28章の祝福の箇所も「聞き従うならば、祝福される」ですし、今継続して読んでいる創世記にも命令型動詞の後には祝福や約束が多く書かれていることに気付きます。

神様の言葉に従ったら「星のように子孫を増し加える」。そのようなことを、私たちが御言葉に従う時、思いや考えによぎるでしょうか?神様のなされることは、はるかに偉大で大きいので、計り知ることは到底出来ません。

「天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」(イザヤ55:9)

御言葉に従った結果は私たちには予想出来ないでしょう。しかし、分からずとも私たちが神様の言葉に従った後、祝福や奇跡が約束されているので、そこに希望を置きましょう(私自身がそう信じて訓練される渦中にあります)。

では、具体的に何をしたら「命令に従う」というアクションになるのでしょうか?

それは、祈りと礼拝、御言葉の朗読の生活の中で受け取る他にありません。どこかの聖会に参加することや、預言を頂く、そのようにことばを頂いて進むことも時にはあると思います。

しかし、1番重きを置くのは御言葉から祈りの中で受け取ることです。御言葉を朗読する中で神様ご自身からの命令を受け取り、実行することがアクションです。

先日の礼拝の中で「1年間で最低でも1回は聖書66巻の通読をしましょう」というチャレンジがされました。これは私にとっては具体的に従うアクションです。

自分の親、属する教会の牧師先生のおっしゃること、リーダーやメンターからのチャレンジや指導、助言に従うこと、神様が立てられた権威に従うことも神様ご自身の命令に従うことに直結する訓練だと私は思います。目に見える権威に従えなければ、目に見えない神様に従うことは難しいでしょう。

それですので私は今、1年で最低でも3回は66巻通読出来るよう、電車の時間なども使い、聖書朗読に励んでいます。

分かっても分からなくても、神様が立てられた権威に従う時に何かしら見出します。あれこれ言いたいのであれば従った後に言うのが筋です。何もしないで意見を言うのはただの不平不満に過ぎません。

私自身、牧師先生のアドバイス、メンターの助言に従った時は回復、前進、成長を経験し、従わなかった時は何かストップしたように思います。

今という時、私たちは神様からの命令に従う訓練の元に今一度身を置きましょう!自然が神の言葉に従うのに、人間だけが従わない。これはとても大変なことです。

私たち、聖徒たちが神様の命令に従い、神様の奇跡を見て、祝福を受け継ぐ者となれますように!御言葉を朗読し、御言葉から神様からの命令、約束、祝福を受け取りましょう!

「このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」(コロサイ2:3)

■A:考えてみよう
・自分が聖書、御言葉から命令、従うべきことを受け取れているか?
・目に見える親、牧師先生、メンター、リーダーにも従順になれているか?
・命令に従うことが出来るように祈りましょう。

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まなくぼ 】

カテゴリー: マナメール

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