■S:今日の聖書の言葉
ルカの福音書14章3節(箴言14章)
★イエスは、 律法の専門家、 パリサイ人たちに、 「安息日に病気を直すことは正しいことですか、 それともよくないことですか」と言われた。
■O:今日のコラム
最近良く、書店などで「サービスを超えるおもてなし」のような本をよく見かけます。特に接客業は厳格なマニュアルに沿って働くのが通常です。あるホテルでは、従業員に「お客様のサービスのためになら一定のお金を使ったり、上司の許可を取ること無く行って良い」という権限を与えているそうです。彼らは「サービスによって満足は伝わるかもしれないが、感動は伝わらない」という理念で仕事をしているとのことです。
聖書の世界に目を移しましょう。私たちに与えられている聖書にも「マニュアル」のように思える物があります。トーラー、モーセ五書と言われる律法の書です。この創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記、からなる律法の書は聖書の基礎となっています。この律法の書の上に預言書、詩篇など、そして新約聖書が建て上げられています。ということは、その基礎であるモーセ五書の本質を理解するということは、本当に大切なことなのです。
もし、私たちが日本で運転免許を取得するなら、交通規則を学び、知らなければなりません。同じように、私たちが聖書を読む時、そこに書かれている規則を知って読むのと知らないで読むのでは大違いなのです。
そこで、みなさんに質問です。
「安息日に病気を直すことは正しいことですか、 それともよくないことですか」
どうでしょうか。安息日がどういうものか知らなければ、この質問に明確に答えることは出来ません。正解はしても良いのです。イエス様はこの質問を律法の専門家、パリサイ人にしました。彼らは律法を知り尽くし、研究し、その律法に従って厳格な生活を送っている人たちです。しかし、いつしか彼らは律法を守ることが第一の目的となってしまい、その本質を見失ってしまいました。それを回復されたのがイエス様です。
「わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。 廃棄するためにではなく、 成就するために来たのです。まことに、 あなたがたに告げます。 天地が滅びうせない限り、 律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。 全部が成就されます。」(マタイによる福音書5章17,18節)
イエス様は律法を完成させるために来られたお方です。イエス様こそ律法が形となられたお方です。ですから、私たちは律法の書、もしくは旧約聖書を読む時に、その中からイエス様を見出す読み方をする必要があります。それは自分の力ではできません。まことの教師なる聖霊様にそのことを指し示していただかなければなりません。それが啓示です。
もし、そのような聖書の読み方をしていくなら、律法の専門家、パリサイ人を持ってしても答えられなかった質問に答えることができます。
「まことに、 あなたがたに告げます。 もしあなたがたの義が、 律法学者やパリサイ人の義にまさるものでないなら、 あなたがたは決して天の御国に、 入れません。」(マタイによる福音書5章20節)
■A:考えてみよう
律法の本質を理解し、そこに聖霊様の息吹を吹きかけていただくことで、私たちは御国の福音の本質を悟ることが出来ます。そのためにはまず律法を知らなければなりません。旧約聖書と新約聖書、また聖書全体を十字架でつなぎ合わせていく読み方をしていきましょう。
もし、そのような読み方をするのであれば、今まで退屈に思えていた律法の書が生きたものとなり、面白くてたまらなくなるはずです。皆様の上に、知恵と啓示の御霊が注がれ、聖書全体の本質を理解する力が増し加えられて行くことを祝福いたします。
「 どうか、 私たちの主イエス・キリストの神、 すなわち栄光の父が、 神を知るための知恵と啓示の御霊を、 あなたがたに与えてくださいますように。また、 あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、 神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、 聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、また、 神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、 あなたがたが知ることができますように。」(エペソ人への手紙1章17-19節)
■P:祈り
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 しゅん 】
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