■S:今日の聖書の言葉
箴言3章6節

★あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。

■O:今日のコラム
私たちが真っ直ぐな者になる事は、主の願いです。主は、直ぐな事を愛される方ですから。
「 私の神。あなたは心をためされる方で、直ぐなことを愛されるのを私は知っています。」(1歴代29:17a)
 私たちを直ぐな者にする事が出来るのは、主です。また私たちの同意も必要です。
終わりの時代にエリヤの霊は、主の来られる道を真っ直ぐにするために来ました。その道とは、私たちの歩みであり、私たち自身のことです。エリヤは主の来られる道備えとして遣わされてきました。すでに今がエリヤの霊の注がれているシーズンである事を信じます。主の来られる備えである、ダビデの幕屋が世界中で建て直され(祈りの家の働き)、世界中で父の愛に対する啓示(エリヤの霊は父と子の関係の回復を与える。和解の働きであるギャザリング等)が開かれているからです。
主の来られる道を整える者こそ、まず先に整えられていかなくてはなりません。「人の目のチリを取るなら、まず自分の目の梁を取り除く」必要があるからです。自分が変化してこそ、人に同じような変化をもたらしていくことが出来るという事です。
そのためにどうせよ、と主は語っておられるでしょう?「どこにおいても主を認めよ」です。この、「認める」という言葉は、へブル語で、「ヤーダー」です。これは、主に「知る」(体験的に知る、つまり交わりを指す)、「告白する」(賛美とも訳される)と訳される言葉です。
ダビデは、詩篇の中で「私は絶えず主を目の前に置いた」と告白しています。ダビデは世捨て人のように生きたヒマ人ではありません。当時の最強王国へ成長しつつあった国の、王であり軍人である礼拝者です。私たちも「忙しいから」とあきらめてしまわないで、生活のすべてにおいて主に聞き、主により頼み、主を告白し、主に祈り、主に従順することによって、絶え間ない礼拝を捧げる、生けるダビデの幕屋となって行きましょう!父は霊とまことによる礼拝者を求めておられます。
ダビデは幼い頃、働きながら、獣(偽りや悪霊たち)と戦い勝利し、賛美し、礼拝し続けていたときに、直ぐな者となっていきました。そしてその幼い頃に主によって「私の心にかなった者」として見出されていったのです。これは、これからこの日本を縛っているゴリヤテを倒す、幼い教会である私たちに対する召しなのです。

■A:考えてみよう
どこにおいても主を知り、主を告白する。いつも御霊に聞き、御言葉に照らし、告白をもってそれに従順し、勝利と平安の中に歩む。  

■P:祈り

イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

【 まじまこ 】

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