■S:今日の聖書の言葉
テモテへの手紙 第一 6章12節(イザヤ書42章)
★「信仰の戦いを勇敢に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。」
■O:今日のコラム
クリスチャンの人生はまさに信仰の戦いです。
私たちの日々の生活の中で信仰の戦いが常にやって来ます。
日々の祈りもそうでしょう。
祈る事は信仰が必要です。
なぜなら目に見えない神に対して祈り、霊の領域で戦って行くわけですから。
御言葉に従うことも信仰の戦いです。
御言葉を読むのは簡単ですが、いざ実践するとなると難しいものがあります。
信仰が必要です。
また、私たちが誘惑と戦い、清さを保ち続けるのにも信仰が必要です。
私たちはすぐに誘惑に負けてしまいますから。
人を愛するのにも信仰が必要です。
自分が好きな人を愛するのは簡単ですが、自分が苦手な人を愛するのには信仰が必要です。
まだこの他にも信仰を働かせる場面はたくさんあると思います。
しかし、私たちはなぜこのように忍耐しながら信仰の戦いを戦い続けていくのでしょうか?
それは永遠のいのちが約束されているからです。
永遠のいのちとはイエスキリストの事です。
私たちにイエス様が与えられているから忍耐することができるのです。
イエス様が命がけで私たちのことを愛してくれた、だからその愛に答えたくて信仰を働かせる力が湧いてくるのです。
「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい」という御言葉があります。(ヘブル人への手紙12章2節)
私たちには信仰は無いが、イエス様には信仰があります。
信仰を完成されたお方がイエス様です。
信仰の戦いに勝利して行く為にはイエス様を見続けなければいけないのです。
イエス様から目を離してしまうと、すぐに信仰は無くなります。
私たちのゴールであるイエス様から目を反らさないで生きていれば、信仰の戦いに勝利する事は決して難しいことではありません。
「神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。」(ヨハネの手紙 第一 5章3節)
祈りも、御言葉に従う事も、清さを保つことも、隣人を愛することも、全部イエス様を愛することが動機になれば重荷にはならないということです。
ヘブル人への手紙に「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません」とあります。(ヘブル人への手紙11章6a節)
聖書に出て来る偉人たちも信仰によって神様が喜んでいます。
ノア、アブラハム、ダビデ、みんなそうです。
ときには、信仰を働かせて行動すると世の人からばかにされることもあります。
そのような時に神様の喜んでいる顔を見ましょう。
信仰の偉人たちも皆信仰のゆえに馬鹿にされてきました。
私たちのどんな小さな信仰も、神様は見て喜んでくださっています。
だから、恐れないでください。
私たちの生活のあらゆる領域で信仰を働かせ、神様に喜んで頂きましょう!
■A:考えてみよう
私たちは救われて天国がゴールではありません。
この人生を通して神の御国をこの地に解き放つ責任があります。
イエスの御名で、大胆に解き放ちましょう!
■P:祈り
主よ感謝します。
私たちの信仰の目を開いて下さい。
イエス様から決して目をそらす事が無いように守って下さい。
イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
【 あきひろ 】
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些細なことで心を動かされ、神様の思いとは別の方向にとらわれて行動してしまう私があります。 何日か前のマナメールでメンターになってくれる人がいれば幸いというメッセージがありましたが、この国のローカルチャーチに通う今の私には相談しても理解してもらえる人がいず、主なる神様、イエスさまから直接神様のメッセージを求めていくしかありません。 1週間ぐらい前に ヨハネ14章27節の平安を与えてくださる御言葉が与えられました。 イエスさまを見つめて、イエスさまの平安で満たされるように今朝の祈り会のLiveを見ながら一緒に祈っています。 皆様のすべての一致のための毎朝の祈りに感謝します。