■S:今日の聖書の言葉
ヨシュア記17章15節、18章2-3節
★17:15 ヨシュアは彼らに言った。「もしもあなたが数の多い民であるなら、ペリジ人やレファム人の地の森に上って行って、そこを自分で切り開くがよい。エフライムの山地は、あなたには狭すぎるのだから。」★18:2-3 イスラエル人の中で、まだ自分たちの相続地が割り当てられていない七つの部族が残っていた。
そこで、ヨシュアはイスラエル人に言った。「あなたがたの父祖の神、主が、あなたがたに与えられた地を占領しに行くのを、あなたがたはいつまで延ばしているのか。」
■O:今日のコラム
ヨセフ族、つまりマナセ族は自分たちに与えられている相続地が狭すぎる、とヨシュアに訴えました。すると、ヨシュアは「それならば自分たちでペリジ人、レファム人の地の森を切り開くがよい。」と言われました。ところが、マナセ族はそのヨシュアのチャレンジに対して、後の箇所で「でも彼らは鉄の戦車を持っていて、強い民です。」と弱気な返答をしています。
また18章では、イスラエル人の中で、七部族は、仮の住まいに満足し、相続地を定めず、神様があたえて下さった土地を占領しないままに月日が過ぎていっていました。それを見たヨシュアは、「いつまでも先延ばしにしてないで、早く神様があなたがたに与えて下さっている土地を占領しなさい。」と呼びかけます。
ここのマナセ族も、イスラエルの残りの七部族も、神様がすでに与えて下さっている土地を占領することをためらっていました。神様がすでに約束して下さっていることが分かっていたとしても、それを占領しに行くということには、信仰が必要です。また、占領するというアクションを起こすことが、信仰の現われです。
私たちは、このイスラエルの民のように、神様がすでに与えて下さっている土地を占領せずに、仮の状態に満足してしまいます。どうしても「環境がととのってから、神様に従います」という手順を踏みたくなります。リスクを冒したくないのです。けれども、それでは信仰はいりません。信仰がなくては神様を喜ばせることは出来ません。(ヘブル人への手紙11章6節)
目に見える環境によらず、たとえ目に見えていなかったとしても、一歩を踏み出し、占領しに出て行く時に、神様は「すでに」与えて下さっている土地を、目に見える形で私たちに与えて下さいます。
神様は、終わりの時代に生きる者として、私たちを選んで下さいました。私たちが信仰によってこの地を、人々を勝ち取っていくことを任せて下さっています。
小さな信仰の一歩は、次のもう一歩へと踏み出す力となります。そして、その一歩一歩を繰り返して行くうちに、それは大きな信仰の一歩になるのです。
私たちはそれぞれ、その信仰の一歩が違います。思いきって友達に福音を語ること、悪い習慣から手をひくこと、病気の人にために祈ること、大胆に献金すること、自分の時間を自分のやりたいことではなく神様との時間に捧げること…etc その一歩とは何にでもあり得ます。
その一歩は誰か他の人と比べる必要はありません。神様は誰よりもあなたのことを知っています。その一歩があなたにとってどれだけの決心がいることなのか、あなたにとってどれだけ勇気のいることなのか、あなたにとってどれだけの犠牲とリスクが伴うことなのかを知っておられます。そして、それがあなたのベストであるということを主は知っておられます。
「どうせ小さい一歩だから」と言って、踏み出さなければ、もう前進はありません。すでに与えられている土地は自分のものにはならないでしょう。
また、「自分は大したことを任されているわけではないから」と言って、神様の促しを感じていながら、気づかないフリをするのは、本当に勿体ないことです。何故なら、この終わりの大切な時代をあなたは任されているからです。
暑い日に、「洋服が濡れちゃうから」 とプールサイドで見守る人。「洋服だけど…もういいや!」 と思いきって飛び込んでしまう人。
飛び込む人には洋服が濡れるという犠牲があります。愚かに見えて格好悪いというリスクがあります。けれども実は飛び込んでしまえば冷たくて気持ちがいいのです。
信仰は、こんな向こう見ずなものではないかも知れませんが… けれども信仰による一歩はこれに似ているように感じます。そして、出来るなら、信仰においては、プールサイドで見守る側ではなく、飛び込む側になりたいと思います。
今日、あなたの前に神様が与えて下さった土地が広がっています。占領しに行きましょう!
■A:考えてみよう
今、自分が占領するべき土地はどこだろう。信仰がなくては踏み出せない領域はなんだろう。
■P:祈り
神様、あなたが私を選んで下さったことを感謝します。私は弱い者ですが、聖霊様、どうぞ私を作りかえて下さい。あなたの油注ぎによって、私にとって不可能と思うことを成し遂げさせて下さい。
臆病の霊よ、イエスの御名によって命じる、今、私から去れ。お前はもう私とは何の関係もない。
力と愛と慎みの霊が、今、私のうちに溢れることを宣言します。
「自分が出来るかどうか」ではなく、「あなたが私にさせたいかどうか」 という基準で生きることが出来ますように。
私の捧げるベストを、主よ受け取って下さい。今日、あなたが与えて下さった土地を占領しに立ち上がることが出来ますように、どうぞ力を与えて下さい。信仰の一歩を踏む時も、あなたが私とともにいて下さることを感謝します。
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 みちる 】
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