■S:今日の聖書の言葉
創世記15章9-11節 (同16章)
★9 すると彼に仰せられた。「わたしのところに、三歳の雌牛と、三歳の雌やぎと、三歳の雄羊と、山鳩とそのひなを持って来なさい。」★10 彼はそれら全部を持って来て、それらを真っ二つに切り裂き、その半分を互いに向かい合わせにした。しかし鳥は切り裂かなかった。
★11 猛禽がその死体の上に降りて来たので、アブラムはそれらを追い払った。
■O:今日のコラム
皆さん、おはようございます!!! 今日も主からの豊かな啓示がお一人お一人に与えられ、主と素晴らしい一日を歩めることをお祈りしています!!!
で、そんな休日でもない、平日な日に申し訳ないのですが、長文です。なので、時間がある時にぜひ読んでみてください(^o^)
ではでは、始めますね…(^_^;)
創世記15章は、主がアブラムに沢山大きな約束を与え、また、アブラムの4代目の子孫についてまでも明確に預言されている場面です。時を越えてすべてを見ておられる神様、やっぱ、さすがですよね!!
けど、8節にあるように、この約束や預言が本当に成就するのかって思ったアブラム。そんなアブラムに主は契約という方法で、「わたしのことばは必ずなる」ということを示しました。
そして、今日の箇所に、主がアブラムと初めて契約を結ぶ様子が描かれています。主がこの契約をアブラムと結ぶ為にまず最初に命じたこと…
それは、生け贄を持ってくることでした。
ここで、4つの動物の名前が出てきますが、実はこれらすべて、モーセがイスラエルの民に命じた生け贄の動物リストに挙げられているもの中に入っています。
モーセは申命記、レビ記でもっと詳しく生け贄について、神様から啓示を受けてイスラエルの民に伝えますが、それより遥か前に、アブラムは神様に命じられて、このような生け贄を捧げています。さすが、後ほど、多くの国民の父、アブラハムと呼ばれる、アブラムだ!! すごいのは、神様ですが…^^;
で、この生け贄をどうしたかというと、真っ二つに切り裂いたと。
これは、神様とアブラム、この2人の間の契約だってことを意味していますが、ここで、イエス様が裂かれた姿も描写されているように見えませんか? 私たちと神様が永遠の契約を結べる為に、生け贄となり切り裂かれたイエス様。
10節に戻りますが、不思議なことに、鳥だけは切り裂かれなかったとありますが、なぜでしょう?
鳥は2羽いました。それも、山鳩とそのひなと書いてあるように、親子を生け贄として準備しました。これは、私達と天のお父様の関係を示していると言えます。
これで、契約を結ぶ為の生け贄の準備が整いました! じゃ、もう、火をつけて、契約を結ぼう!!ってなるじゃないですか?
がっ、しかし…11節までこのシーンは続くのです。そして、私は、この11節のアブラムの行動がすごくすごく重要な事を示していると思います。
「猛禽がその死体の上に降りて来たので、アブラムはそれらを追い払った。」11節
準備をした生け贄の上に猛禽(辞書で調べたら、肉食で性質の荒々しい鳥とあったので、まあ、いわば鷹とかハヤブサですかね…)が、飛んで来て、食べようとしたんですね。まっ、死体だし、臭うので、鳥たちは集まりますよね…
けど、アブラムは、それを必死に追い払いました。それは、神様に捧げられる生け贄を取られまい、汚されるまいという一心でだと思います。それも、結構長時間戦ったんじゃないかと私は思います。なぜなら、後の箇所に、「日の沈みかかったころ」神様が燃える火のようにして、ようやく現れて、この生け贄の間を通り過ぎたとあるので(17節)。
ここで、何を主は示しておられるのでしょうか?
私たちは、今の時代において、主に捧げられる生け贄ですよね?
そうであれば、私たちは、一番最初にアブラムがしたように、自分を切り裂き、自分に死に、日々砕かれる必要があります。ただ、それだけではなく、神様の時まで、アブラムが猛禽を追い払ったように、私たちも忍耐強く自分を聖く保ち続ける必要があります。
神様の時、それは、私たちが神様の御前に立つ日です。
それは、携挙前に死んでこの地を離れるのか、それとも携挙の時に生きたままなのか、分かりません。
けど、必ず、私たちは主の前に立つ日が来ます。それも、思っているより早くに来ると思います。今はまだ来てないからと油断せず、いつでも、自分を主への傷もしみもない供え物として捧げられるように、祈っていきましょう。
ローマ人への手紙12章に「神様に受け入れられる、聖い、生きた供え物」になるようパウロは勧めていますが、それは一体どういうことなのかが書かれています。
それは、この世から聖別された生き方。
「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」(ローマ人への手紙12章2節)
■A:考えてみよう
この終わりの時代、私たちの心がますます聖くされていくことを祈り願おう。イエス様が帰ってくる時に、傷もしみもない生きた供え物として捧げられるように。
テサロニケ人への手紙 第一 3章13節
また、あなたがたの心を強め、私たちの主イエスがご自分のすべての聖徒とともに再び来られるとき、私たちの父なる神の御前で、聖く、責められるところのない者としてくださいますように。
■P:祈り
聖霊様、今日、私を生きた供え物として、あなたの前に自分を引き裂き、また汚れることがないように、しっかりと自分の心を見張りたいです。
あなたの助けが必要です。聖霊様、あなたで私を満たしてください。あなたの声に聞き従うものとしてください。
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 かよ 】
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