■S:今日の聖書の言葉
テサロニケ人への手紙4章16~18節
★主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。
■O:今日のコラム
私たちのゴールはどこにあるのでしょう。
皆さんもご存知のように、イエス様を信じて救われた!がゴールではありません。それはスタートであり、私たちは今、信仰のレースを走っている途中です。このレースの過程で私たちが通る試練や困難、喜びや悲しみ、受ける訓練は、人それぞれ違うかもしれません。しかし、私たちが目指すべきゴールは、同じであると信じます。
今日の箇所に、私たちが目指すべきゴールが書かれています。それは、花婿なるイエス様が花嫁を迎えに来る日です。ここの「引き上げられ」と訳されているギリシャ語「ハルパゾー」とは、ひったくる(奪い取る)、つかまえて連れて行く、という意味があり、その日は一瞬にして起こります。そして、その日は、今日起こるかもしれない、明日、5年後、10年後、、、いつなのかは誰にもわかりませんが、必ず起こると約束されています。
約束された方は真実なお方。私たちは、日々の歩み(仕事や勉強、家事や子育て…)をしながらも、その日がいつ来ても良いように備える必要があります。
では、私たちがすべき備えとは何でしょうか。
「ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現れのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。従順な子どもとなり、以前あなたがたが無知であったときのさまざまな欲望に従わず、あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。」(第1ペテロ1:13~15)
ここに「聖なるものとされなさい」と書かれています。また、今日の箇所にも「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。」(第1テサロニケ4:3参照)と書かれており、これは主が私たちに願っておられること、花婿なるイエス様が花嫁に願っていることだとわかります。なぜなら、花婿は聖なるお方だからです。
何も準備せずに、結婚式当日を迎える花嫁さんはいないでしょう。同じように、私たちも準備せずには、結婚式当日を迎えることは出来ませんし、花婿の前に立てません。
「キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。」(エペソ5:26~27)
私たちが聖なるものとされるには、イエス様の血潮、御霊、御言葉の洗いが必要です。その中でも、御言葉の朗読は、シンプルで地味に思えることですが、本当に大切だと実感しています。御言葉を読まないと、簡単に世に流される、世の思いや自分の思いに満たされてしまうのが、私たちの性質だからです。
私自身も、そのような者であることを認めます。出産して、子育てをする中で、時間の使い方、生活リズムが出産前とは大きく変わりました。その中で、御言葉よりも他のことを優先してしまうことが続き、夫にイライラしたり、人の言葉に傷付いたり、自分の思いや感情、態度が、主の御心とかけ離れたところにあることに気づかされました。
今日の箇所を思い巡らす中で、もし今日主が来られるとしたら、私が今握っている感情は?態度は?と、まだまだ自分勝手で、御言葉から離れていたことを悔い改めました。私たちは色んなことを理由にすることが出来ます。ですが、何かを言い訳にして、祈りと御言葉の生活を疎かにしてはいけないと強く思わされました。なぜなら、主が再び来られる時に言い訳など出来ないからです。
「また、あなたがたの心を強め、私たちの主イエスがご自分のすべての聖徒とともに再び来られるとき、私たちの父なる神の御前で、聖く、責められるところのない者としてくださいますように。」(第1テサロニケ3:13)
パウロは、第1テサロニケ3章の終わりでこのように語り、今日の箇所(4章)でどのように歩んで神を喜ばせるべきか、から始まり、最後は携挙について語りました。主が再び来られる、再臨の約束は、私たちの目指すゴールであり、その約束は、神を喜ばせる歩み、聖なるものとされる歩みへと私たちを日々立ち返らせます。みなさんはもし「今日」携挙が起きたら、「今日」花婿なるイエス様の前に立つとしたら備えは出来ているでしょうか。
「『きょう』と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしなさい。」(ヘブル3:13)
以前、メッセージの中で、初代教会はマラナタ!と再臨に対する望みを持って励まし合ったと語られていました。私たちも互いに励まし合うこと、慰め合うことをしていきたいと願います。
ゴールはもうすぐだと信じます。花婿なるイエス様と会う瞬間がやってくるのです。備えをする時間がまだ残されていることに感謝して、今日という日を歩んでいきましょう。
■A:考えてみよう
・私たちのゴールはどこにあるだろうか。
・ゴールするための備えが出来ているだろうか。祈りと御言葉よりも優先させていること(自分の感情、態度、時間‥)はないだろうか。
■P:祈り
愛する天のお父さん、今日という一日を心から感謝します。花婿なるイエス様、あなたを悲しませることをしてきた私を赦してください。
自分が握っていた感情や思いを手放します。あなたの御前に立つ時に、しみもしわも傷もない花嫁として立つことが出来るように、今日も御言葉により、血潮により、御霊により私を洗い、きよめてください。
この地上で何かを達成する以上に、与えられた信仰のレースを最後まで走りきることが出来るように助けてください。「今日」という日に、あなたが来られる備えをすることが出来ますように。
イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 ささまな 】
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