■S:今日の聖書の言葉
使徒の働き22章3節
★「私はキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この町で育てられ、ガマリエルのもとで私たちの先祖の律法について厳格な教育を受け、今日の皆さんと同じように、神に対して熱心な者でした。
■O:今日のコラム
使徒21章でパウロはエルサレムに上り、律法の通りに身を清めて宮に入りましたが、そこに居たユダヤ人たちに手をかけられたために、ローマ兵によって捕らえられます。
そして今日の箇所である22章では、皆の前で今日の御言葉にあるように語り出します。その話の中でパウロは、自分がいかに厳格なユダヤ人として歩んでいたか、またどれほど神と律法に対して熱心だったかについて話します。
この御言葉を朗読したときに、下の御言葉が思いの中にきました。
「私は、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。」(ローマ10:2)
パウロはユダヤ人の神に対する熱心さを認め、それを悪いとは言っていません。しかし問題なのは、彼らが知識を持っていないことであり、その知識に基づく熱心を持たなければならないと言っています。
この知識とはギリシャ語で「エピグノーシス」と言い、直訳すると「正確で間違いのない知識」という意味です。つまりこれは霊であり命である神の御言葉を示しています。
私たちの中に熱心さや情熱を持っていたとしても、また私たちが「神様のため」と言って何かを行っていたとしても、本質の御言葉を持っていなければ、その御言葉から生まれる熱心さでなければ、ある意味コインの表だけのようなものです。そしてその表面だけでは本当の意味で神様を知っているとは言えないかもしれません。
私たちがどれほど聖書に関する知識を持ち、またそれを学んでいたとしても、その領域で留まるのであれば、それは人や地上の領域を超えません。
「エピグノーシス」の「グノーシス」はかつてギリシャなどで広がった二元論の考え方で、肉体のみを罪とし、内側にある罪や汚れを取り扱う必要性は無視しました。このグノーシス主義に立ってしまうと間違った解釈や生き方に陥ってしまいます。
ですから私たちはキリストの御顔にある神の栄光を知る知識、「エピグノーシス」を求めなければいけません。
「『光が、やみの中から輝き出よ』と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。 」(2コリント4:6)
「エピグノーシス」の語根となる「ギノースコ」は「一つになる、深く知る、悟る」という意味です。ですから私たちは主に「あなたのことをもっと知りたいです、今日もあなたを体験させて下さい、あなたの御言葉を悟らせてください」と求めていこうではありませんか。
今、この難しい状況にあるからこそ、私たちの望み、召し、神の約束を信じ受け取りたいと願います。
■A:考えてみよう
御言葉から出ていない熱心や行いはないだろうか。
神様を知るとはどういうことだろうか。
エピグノーシスはどういう意味だろうか。
今日も知恵と啓示の御霊を求めましょう!私たちが神を昨日よりも知る(ギノースコ)ことができますように!
「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。 また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、 また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。 」(エペソ1:17~19)
■P:祈り
愛する神様、あなたの愛と恵みを感謝します。
主よ、どうか私の中にある真の知識から生まれていない熱心や行いを取り除いてください。どうか知恵と啓示の御霊を豊かに注いでくださり、あなたを知ることができますように。どうか御言葉の戸を開いてくださり、御言葉の本質を悟らせてください。今日も信じる者に働く神のすぐれた力が生きて働くことを感謝いたします。
愛する主イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。
【 たくみ 】
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